ベイズモデリングによるマーケティング分析

ベイズモデリングによるマーケティング分析
著者 照井 伸彦
ジャンル 全て
その他
出版年月日 2008/09/01
ISBN 9784501623500
判型・ページ数 A5・200ページ
定価 3,740円(本体3,400円+税)
在庫 品切れ・重版未定

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現代のマーケティングを取り巻く環境の最大の特徴は,市場に関する情報が多く潜在していることである.現代の市場取引においては,ヒトとモノのマイクロな大量データが自動的かつ瞬時に電子的に収集される環境にある.この情報からマネジメントに有用な知識を抽出して,消費者ごとに個別にアプローチする発想が自然に現われる.しかも,それは実現可能な環境にあり,これらの情報が他企業に対する競争優位を獲得する重要な源泉として捉えられている.つまりマーケティングの現代的課題は,一人の平均的消費者やセグメンテーションによる消費者の分類をさらに突き詰めて,顧客の嗜好や購買行動を個別に理解することである.また,モノについても,POS情報などから得られる商品ごとの販売情報から,より細かいSKU(Stock Keeping Unit,在庫管理単位),すなわち単品レベルでの需要予測や商品管理が求められる.いわばヒトやモノに関する「個」の推定がキーワードであり,これを通じて企業内の経営資源の効率化を図ることが競争戦略上求められている.
 さらに,現在の日本や欧米など成熟した市場経済においては,新規顧客の獲得に掛かるコストが大きいことや,”デシル(1/10)の法則”あるいは”パレート法則”として知られる「自社が抱える顧客の2割(あるいは1割)が利益の8割(あるいは9割)をもたらす」という経験則が知られている.これにより,既存顧客との関係性を重視した「顧客関係性マネジメント(CRM:Costomer Relationship Management)」の考え方が広がり,自社の顧客を離脱させない顧客維持,優良顧客の識別と追加販売,通常顧客から優良顧客への転換などがマーケターに求められる重要な戦略となっている.また,この概念モデルを顧客情報によって具現化する手法として,顧客購買履歴から顧客との関係性を体系的に評価する「顧客生涯価値(CLTV:Customer LifeTime Value)」を算定し,これにもとづいて顧客一人ひとりに対して現在支出すべき最適なマーケティングコストを算出する「顧客価値(customer equity)のマネジメントも提案されている.マーケティングを投資として見たとき,そのROI(Return of Investment,投資収益率)を個人の顧客ベースで最適化し,全体の長期にわたる戦略の合理性を確保しようとする発想である.
 いずれにせよ,これらを可能とするためには,「顧客を個別によく知ること」がまず第一義的に必要であり,その上で顧客ごとに異なるニーズやマーケティングを適切なレベルに調整していくことが可能となる.その際,顧客個人の属性データの両者を用いて,より正確に顧客の姿を捉える必要がある.
 上述のように,マーケティングに関する現在的課題は,取引とともに自動的に蓄積される消費者行動に関する,これらの大量データを利用した「個」を表す異質性の推定と,それにもとづく個別対応である.しかし,市場全体として大規模な情報があっても,複雑な個別の推定を安定的に行えるほどに多くの情報は期待できないのが実情であり,異質性をどのように処理して推測を行うかがモデリング上の課題である.このように,マーケティングでは多くの意思決定主体における異質性が問題とされる.家計や個人あるいは個別企業などを単位とする意思決定者の異質性を考慮してモデル化するにあたって,ベイズ統計にもとづくベイズモデリングが盛んに応用されている.特に,家計や個人など多くの意思決定主体から収集されるマーケティングデータを分析する場合,
 1.各主体の条件付分布
 2.異質性の分布
 3.意志決定問題への解法
の三つから構成される階層ベイズという柔軟な統計モデリング手法が適用される.そこでは,個人レベルの推定(異質性)で生じるデータ不足の制限を,意思決定主体間の情報をプールしたモデル(共通性)により補って処理する統計モデル分析として,ベイズ統計は適切な体系を有していると認識されている.
 一般に,学問や対象への理解が進歩するにつれて,現象を記述する複雑なモデリングが求められる.さらに,これらの観測装置が高性能化して市場データが豊富となった現代のマーケティング環境においては,単純な構造や固定した少数のパラメータにこれら大量データをつぎ込むやり方では,求められる課題に必ずしも応えられない.これに対処して新たな知識を獲得・創造していく手法として,ベイズモデリングは有力な分析ツールである.
 他方,大量のビジネスデータを高速に処理して関連性の強い購買”ルール”を自動的に見つけ出すアルゴリズムが成功例として挙げられ,新たな知を生む可能性をアピールしているが,このような意外な発見が偏在しているとは言い難いであろう.これに対してベイズモデリングは,対象に対して分析者が持つ知識や経験を構造化し,それに市場データを投入することで新たな知識を獲得していく情報更新プロセスを備えている.

本書のねらいと構成
 本書は,このベイズモデリングについて,入門レベルの基本的枠組みの理解から始めて,各種のモデルや事後分布計算上のブレイクスルーとなったマルコフチェーンモンテカルロ(MCMC:Markov chain Monte Carlo)法の仕組みについて,さらに後半ではマーケティングの消費者行動のモデルとその応用について解説していく.同様の目的で書かれた海外の優れた文献として,当該領域での国際的フロントランナーのRossi,Allenby,McCullochらによる著書”Baysian Statistics in Marketing”(2005)がある.本書は,彼らによる著書よりも読者層を広げて読みやすくすることを心がけた.
 本書の特徴は,次の二点である.
 1.正規分布および逆ガンマ(逆ウィシャート)分布のみの枠組みで,マーケティング消費者行動モデルを説明すること
 2.第1章から順序どおりに行間を追うことで,自己完結的に理解できること
 数式の展開をスキップしたり,練習問題として読者に委ねたりする部分を極力少なくし,本文を順序よく読み進むことで隙間なく理解できるよう配慮した.
 全体は2部構成とし,第Ⅰ部ではベイズ統計の基礎について解説する.第Ⅱ部ではマーケティングモデルのベイズ推測について解説し,さらに適用事例を見ていく.最終の到達目標は,消費者の行動データにもとづく個別の消費者の姿を捉えるマーケティングツールとしての階層ベイズ・ブランド選択モデルの理解である.このモデルは,ベイズ統計の基本をはじめとして,回帰モデル,多変量回帰モデル,SURモデル,さらに階層ベイズモデルなど各種の統計モデルの理解を必要とする.さらには,近年のベイズ統計の発展のエンジンとなっているマルコフチェーンモンテカルロ法による事後分布評価の理解は欠かせない.
 ベイズモデリングは決して難解なものではなく,単に見かけ上複雑で面倒な手続きを含む統計手法であると筆者は理解している.しかし,この見かけ上の複雑さがモデルの理解や適用の障害となっていることも,重要な事実である.本書では,これらを意識してやや過剰と思われる説明や展開を意図的に心がけた.
 本書を理解のためには,統計学および線形代数の行列演算の初等レベルの知識を前提とする.特に標本原理にもとづく数理統計の推定や検定の項目は,既知として話を進める.
 本書の作成過程において,様々な方の援助を賜ったことをここに感謝申し上げたい.特に第10章の適用事例は,当時東北大学大学院博士課程の学生であったウィラワン・ドニ・ダハナ氏(現 大阪大学経済学研究科専任講師)および伴正隆氏(現 目白大学経営学部専任講師)との共同研究の成果である.伴氏には,本書の現行を丁寧に読んで誤りや改善点について有用な指摘をしていただいた.また,佐藤忠彦氏(筑波大学ビジネス科学研究科准教授)からも,現行の段階で有益なコメントを頂戴した.また,東北大学大学院で本原稿を使用した授業に参加した大学院生からの意見も改善に有用であった.最後に,本書の執筆を強く勧め,また上梓の編集作業においてもきめ細かいサポートをしてくださった東京電機大学出版局の菊地雅之氏には御礼を申し上げたい.
 2008年8月
 著 者

◆正誤表◆


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第Ⅰ部 ベイズ統計理論
 第1章 ベイズ統計とは
  1.1 ベイズ統計学の系譜
  1.2 ベイズの定理
  1.3 統計モデルとベイズ推測
  1.4 ベイズ推測の構造と特徴
  1.5 決定理論とベイズ推論
 第2章 単純なベイズモデル
  2.1 1変量正規分布のベイズ推測
  2.2 多変量正規分布のベイズ推測
 第3章 線形回帰モデルのベイズ推測
  3.1 線形回帰モデル
  3.2 多変量回帰モデル
 第4章 階層回帰モデル
  4.1 階層ベイズモデル
  4.2 階層モデルの事後分布
 第5章 事後分布の評価
  5.1 事後分布評価法の分類
  5.2 モンテカルロ法による積分評価?非繰返しモンテカルロ法
  5.3 繰返しモンテカルロ法:マルコフチェーンモンテカルロ
  5.4 様々な統計モデルのMCMC評価
  5.5 MCMCの収束判定法
  5.6 確率分布からの乱数発生法
  5.7 ベイズモデリングのソフトウェア
 第6章 モデル選択
  6.1 モデルに対する事後確率と事後オッズ
  6.2 周辺尤度の解釈
  6.3 MCMCを用いた周辺尤度の計算
  6.4 周辺尤度の解析的近似とベイズ情報量規準
第Ⅱ部 マーケティングモデルのベイズ推測
 第7章 マーケティングとベイズ推測
  7.1 マーケティングの現代的課題
  7.2 マーケティングとベイズ統計
  7.3 階層ベイズモデルの役割
 第8章 消費者行動のマーケティングモデル
  8.1 効用関数と消費者行動のモデル
  8.2 尤度関数とパラメータ推定
  8.3 モデルの拡張
  8.4 ブランド選択モデルの特徴と性質
  8.5 データ拡大とベイズプロビットモデル
  8.6 多項プロビットモデルのデータ拡大
  8.7 ベイズロジットモデル
 第9章 消費者異質性と階層ベイズモデリング
  9.1 階層ベイズ・ブランド選択モデルの構造
  9.2 階層ベイズ多項プロビットモデル
  9.3 階層ベイズ多項ロジットモデル
  9.4 階層ベイズモデルの意味と役割
 第10章 分析事例
  10.1 参照価格の消費者パネル別特定化と価格戦略
  10.2 広告シングルソースデータを用いた広告効果測定
  10.3 価格閾値の推定と価格カスタマイゼーション戦略
参考文献
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