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ニューロンで解く心の苦しみと安らぎ 脳科学と仏教の接点

コンピュータ

松本隆男(著)

A5判  192頁 上製
 2,900円+税
ISBN 978-4-501-55460-6 C3004
在庫あり

奥付の初版発行年月 2016年11月
書店発売日 2016年11月10日
登録日 2016年10月05日

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解説

心の苦しみが生まれるメカニズムについて、神経回路を手掛かりに解きほぐす。脳科学、ロボット工学、AIなど幅広い学問領域の研究や技術開発での応用が期待できる。

紹介

心の苦しみが生まれるメカニズムについて、神経回路(ニューラルネットワーク)を手掛かりに解きほぐす。

心の苦しみが生まれるメカニズムについて、神経回路(ニューラルネットワーク)をもとにして考察している。本書で示すメカニズムの妥当性は、心理学実験結果および仏教に関わる多くの言葉と対比させながら検証している。心を科学的に捉える一つの方法論を提案しており、脳科学、心理学、認知科学、ロボット工学、AI、哲学、宗教学など、幅広い学問領域で応用が期待できる。

目次

1章 ニューロンのモデルとネットワーク
 1.1 脳とニューロン
 1.2 ニューロンの構造と動作
 1.3 ニューロンの結合
 1.4 ニューロンのモデル
 1.5 Hebbの法則
 1.6 多層型ニューラルネットワーク
 1.7 双安定ニューラルネットワーク
 1.8 結合したユニット間の整合性
 1.9 ニューラルネットワーク全体の整合性
 1.10 相互結合型ニューラルネットワーク
2章 認知的不協和と心の苦しみ
 2.1 認知的不協和の理論
 2.2 認知的不協和の実験
 2.3 心の苦しみの発生,持続,増大そして減少
 2.4 心の苦しみと過去,現在,未来の関係
3章 心の苦しみとニューロン
 3.1 心の苦しみに関わる脳のモデル
 3.2 認知的不協和を表現するためのモデル
 3.3 結合領域のリンクがもつ重みの意味
 3.4 イソップ物語の狐の場合
 3.5 Brehmによる心理学実験の場合
 3.6 Freedmanによる心理学実験の場合
 3.7 不整合度のマップ化
4章 意識の切り替えと心の苦しみ
 4.1 意識の切り替え
 4.2 意識の切り替えと心の苦しみの変化
5章 「苦しみのトライアングル」と初期仏教
 5.1 貪欲と嫌悪と迷妄
 5.2 現実の肯定
 5.3 不二
 5.4 識別作用
 5.5 優越感と劣等感
 5.6 布施
 5.7 持戒
 5.8 忍辱
 5.9 精進
 5.10 禅定
6章 仏教による心の安らぎとニューラルネットワーク
 6.1 慈しみ
 6.2 意識範囲の転換
 6.3 善と悪
 6.4 自我
 6.5 智慧と無明
 6.6 唯識
 6.7 心の観察
むすび
参考文献
索 引

前書きなど

宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い
宮沢賢治

わが国では近年,年間2万人を越える自殺者が出ている。心に苦しみを長く抱えて、それを解消したりそれに耐えたりすることができないまま,行き場を失って自らの生命を絶つに至った方々の心の中は察するに余りある。自殺に至る心の苦しみにはさまざまなものがあるに違いない。それらの心の苦しみに共通しているのは,自分を取り囲む環境が自分の意思に反したものであり,それが厳然と存在し,それによって自分が脅かされ覆されるような心の状況であろう。複雑化・組織化した現代社会では,自分を取り囲む環境が大きくとらえどころのないものと思われ,自分の存在が小さく思われてしまう。自殺にまで至るような心の苦しみが生まれる原因は,そのようなところに潜在しているのではないだろうか。
 自殺にまで至らなくても,日常生活の中でわれわれはいろいろな心の苦しみを経験する。天災や交通事故で子供や親を亡くす。人との間で小さなことがきっかけとなって諍いが始まる。老化に伴う身体の不具合,長く続く闘病生活,受験の不合格,盗難や紛失など,大小さまざまである。

 冒頭に宮沢賢治の言葉を示した。その中にある「宗教」についてまず考えてみよう。宮沢賢治が信奉していたのは仏教であるから,ここでは仏教を取り上げてみる。約2500年前のインドで釈迦によって説かれた教えは,現代においても人々に対して心の苦しみから解放される道を提供してくれている。しかし,現代の日本ではそれが真の意味で人々に広く深く受け入れられているとは言い難い。それにはいくつかの理由が考えられる。1つには本来の仏教が実践に重きを置いているため,忙しい現代生活の中ではそれに従うにはかなりの精神力と時間的余裕が求められることである。また2つめの理由として,仏教の対象が心であり,とらえがたいものであることも挙げられる。釈迦が自己体験によって得たものを,われわれが言葉(文字・話)のみを通して観念的に身につけることは難しい。そして最後の理由として,日本に伝播してきた大乗仏教の性格も挙げることができるのではないだろうか。大衆の救済を主眼に置いた大乗仏教では,それまでの仏教と比べると,神秘主義的な要素(仏や菩薩を,仏教を体得した究極の人間として見るのではなく,神格化・偶像化し,大衆が崇拝し帰依する対象として見る傾向)が加わっている。そのことで,「実践」よりも「信仰」に重きが置かれることになった。その結果,心に苦しみを抱えていながらも仏や菩薩に対する信仰心をもつことができない人は,そのような仏教から外れていくことになる。もちろん,禅のように「実践」に重きを置く仏教もあるが,多くの人がそれをよりどころとしているわけでもない。以上の3つの理由から,現代の日本の仏教は,人々の期待に十分に応えているとは言い難い。

 次に,冒頭の言葉の中にある「科学」について考えてみよう。科学は,自然界を客体化して観察し,分析,合成,推論,実験などを通して万人が受け入れることができる共通の枠組みを構築することで,自然界に対する人間の視野を拡大させてきた。そして,科学は技術と結びつくことにより,人間が生きていくうえで遭遇する種々の心の苦しみをかなりの部分消化してくれた。医学や医療技術の進歩によって病気の予防法や治療法が改善され,人間の寿命は伸びた。工学と製造技術・応用技術の進歩は生活環境を便利で居心地の良いものに変え,物質的に豊かなものに変えた。しかしながら,人間の心の苦しみが根本から解消されたかというと,それではない。その理由は,科学が人間の喜怒哀楽のような心の奥深いところまでを掌握できていないからである。冒頭の言葉は,科学(農学)者であり仏教者でもあった宮沢賢治が1926年にまとめた『農民芸術概論綱要』の中で述べたものであるが,当時と現代とで状況はあまり変わっていないと言える。現に,脳科学者である茂木健一郎氏は著者『脳と仮想』の中で「科学が,魂の救済の問題に関心を持たないのは当然のことである。喜びも,悲しみも,嘆きも,怒りも,すべては科学がその方法論の適用の対象とはしない,数に置き換えることのできない主観的経験のなかにあるからである」とまで述べておられる。心は,個々人のない分に存在し意識的あるいは無意識的に動くものであり,科学の立場から客観性に基づいてこれを掌握するにはきわめて難しいものがあることは確かである。

 ところで,1980年代以降,ニューロサイエンス(神経科学)あるいはブレインサイエンス(脳科学)が多くの人々の関心を集めるようになった。人や動物の脳のはたらきについて,ニューロン(神経細胞)を基礎にした実験や理論による研究が進み,脳の機能である認知・記憶・判断・学習などのメカニズムが明らかになってきた。新しい測定技術が開発されたことにより,脳の部位と人間の精神活動の対応づけについても研究が進められた。脳活動を測定することにより,その人が考えている内容の一部を検出できるようになっている。心がもつ機能の一部を科学的に取り上げることが可能となってきたわけである。。脳のメカニズムを真似てそれを工学に応用する研究も始まり,認知や制御などロボット技術の領域でその成果が使われるようになった。著者自身にも,かつて電気通信の分野でこの種の応用技術について研究を行った時期がある。
 上述したような脳に関わる研究の進展に呼応して,宗教を脳の立場からとらえる試みもなされてきている。たとえば,仏教の修行形態の1つである坐禅が検討の対象として取り上げられている。坐禅中の脳波を測定した実験では,坐禅によって周期の長い脳波が発生しやすくなることが報告されている。また,坐禅とホルモンの関係についても考察がなされている。人間が安らぎを感じるとき,脳内ではセロトニンというホルモンが分泌されるが,坐禅によって分泌が促されるそうである。さらに,仏教の専門家(僧侶など)とニューロサイエンスの専門家とが双方の知識や経験を交換して,2つの分野にまたがる未知の領域を探ろうとする試みも報告されている。
 宗教を脳の立場からとらえようとするこのような試みは,宗教への新しいアプローチであり,大変魅力的で重要な試みである。科学技術が普及した現代では,人々は科学技術に関わる知識や考え方に慣れているので,宗教についての理解を深める際にも,科学技術的な手法を利用することは効果的であると思われる。科学の重要な研究対象となっている脳の立場から宗教をとらえることができれば,宗教と科学の間にチャンネルが生まれ,新しい地平が展開する可能性がある。しかし,上述した脳と宗教に関わるこれまでの報告では,研究の対象は脳の生理的な現象(脳波やホルモン分泌)の計測に限定されており,心の苦しみが生まれる脳内のメカニズムにまでは及んでいないようである。
 本書では脳の立場から心の苦しみをとらえる。ただし,上述したこれまでの試みとは立場を変えて,ニューロンが相互に結合して形づくるネットワーク(これをニューラルネットワークとよぶことにする)の立場から心の苦しみを考察する。心は漠としたとらえどころのないものであるため,心に苦しみを抱えていると人はそれに縛られ埋没しがちである。それを冷静にとらえたり制御したりすることは容易ではない。しかし,心に苦しみが生まれるメカニズムをニューラルネットワークによって表現できれば,心の苦しみを可視化することになる。そして,そのことが心の苦しみを制御するうえでの助けとなる。本書では,そのようなニューラルネットワークと仏教の教えの関わりについて考察する。

 本書は,著者がこれまで国際神経回路学会(International Neural Network Society)の論文誌および米国の認知科学会(Cognitive Science Society)主催の国際会議で発表した内容を基本にし,それを補充し発展させてまとめたものである。
 本書の1章では,一般読者のためにニューロンの関する基本的なことがらを取り上げる。また,ニューロンの動作を単純化して表すためのモデルを紹介する。複数のニューロンが結合してつくられるニューラルネットワークの動作について,ニューロンのモデルを用いて説明する。2章では,認知科学や心理学の分野で研究されている認知的不協和(Cognitive dissonance)について述べる。認知的不協和は不快な感情を生み出す心理的な現象であり,実験を中心にして研究がなされてきている。本書ではこの現象に注目して,心に苦しみが生まれるメカニズムを考察する。3章では,心の苦しみの原因となるニューラルネットワークとして「苦しみのトライアングル」を提案する。これは,ニューロンに対応したユニット3個が相互に結合してつくられる簡単な回路である。これを構成するユニットとリンクの間に存在する不整合が心の苦しみに結びつくことを理論的に示す。そして,その理論が妥当であることを認知科学の実験結果と対比させて示す。4章では,意識のありようによって心の苦しみに変化が現れることを,「苦しみのトライアングル」をもとにして示す。意識の向かう先が現実の事象であるか仮想の事象であるかによって,心の苦しみの時間的変化に違いが出てくることを示す。5章では,初期仏教(原始仏教とよばれることもある)の経典などで示されている心の苦しみに関する教えを,「苦しみのトライアングル」の立場から解釈する。それにより,「苦しみのトライアングル」の妥当性を明らかにする。6章では,「苦しみのトライアングル」に限定せず,より規模の大きなニューラルネットワークの立場から心の安らぎについて考察する。そこでも主に初期仏教で示されている教えと対比しながら考察を行う。

 本書では,説明の都合上,数式を用いている箇所がある。専門的な記号や考え方が含まれている数式には必要に応じて注を付けている。ただ,数式は補助的に用いているものなので,関連する図表をご覧になるだけでもそこでの論旨はご理解頂けると思う。
 参考文献からの引用箇所では,原文をそのまま記載している。ただし,難解な漢字については,著者の判断でふりがなを付してある。

2016年9月
松本 隆男

著者プロフィール

松本隆男(マツモトタカオ)

上記内容は本書刊行時のものです。

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