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出版局長だより  (第27回)

シアトル・ポートランド旅行記   その9

今日は、シアトルに戻ります。8:00に出発しました。オレゴン州を抜けてすぐのワシントン州にバンクーバーがあります。カナダの有名なバンクーバーとは違います。ビル・ゲイツとポール・アレンがTRWでアルバイトをした時、アパートを借りていました。
どうしようかと思いましたが、省略して、まっすぐシアトルを目指しました。私が疲れてきたのでしょう。

北上してタコマを目指します。タコマ富士と呼ばれるレイニアー山を見たいと思いました。シアトルでは、雨の多い気候の関係でなかなかレイニアー山を拝めることはできないのだそうです。タコマに近づくとたしかにレイニアー山がよく見えました。

チェンバース・ベイ

ゴルフ好きの家内がポートランド行きの条件につけたのが、タコマ郊外のチェンバース湾にあるゴルフ場チェンバース・ベイを訪ねることでした。ワシントン州ユニバーシティ・プレイスWグランドビュー・ドライブ6320番地(6320 Grandview Dr. W University Place, WA)にあります。10:45に到着しました。

チェンバース・ベイは2015年のUSオープンが開催されたゴルフ場で、米国のセント・アンドリュースと呼ばれています。セント・アンドリュースは英国の名門ゴルフ場で、ゴルフ・ファンには聖地だそうで、家内はいつか絶対に行きたいと言っています。私はそれはいいね言っています。

古い写真を見ると、何もない海岸沿いの土地が深く削られています。j元は砂利の採石場だったそうです。長く放置されていましたが、ゴルフ場に生まれ変わりました。上から見ていると建設現場のようで、とてもゴルフ場には見えません。古い残骸もモニュメントとして残してあります。
チェンバース・ベイは全て英国風に作られているのだそうです。すすきのような植物が植えられています。海からの風が強そうで、これはセント・アンドリュースと同じでプレーが大変そうと思います。

ゴルフ・ショップで家内の女性のゴルフ仲間用におみやげを買って帰りました。

ゴードン・レトウィン

シータック空港付近を12:15に通過し、30分ほどでシアトルに着きました。シェラトンのチェックインは午後3:00なので、シアトル市内を回ることにしました。
少し離れた場所にあるので行きそこねていたゴードン・レトウィンの家の付近を見に行く事にしました。

ビル・ゲイツがゴードン・レトウィンに初めて会ったのはヒースのパソコン・グループを訪ねた時です。当時ゴードン・レトウィンは、ヒース・システム用のOSであるHDOSと独自のベントン・ハーバーBASICを開発していました。
ゴードン・レトウィンは、ビル・ゲイツに向って、自分のBASICの方がビル・ゲイツのマイクロソフトBASICに比べて優れている言ってのけました。ビル・ゲイツはゴードン・レトウィンを気に入り、破格の条件でマイクロソフトに引き抜きました。

ゴードン・レトウィンのマイクロソフトでの仕事は、BASICコンパイラ、XENIXなどですが、最も有名な仕事は、OS/2です。ゴードン・レトウィンは1993年にマイクロソフトを退社しています。慈善事業に熱心で、1999年から2010年までに、妻のロザンナと共に夫婦でマイクロソフトの株式で6000万ドル、現金で3300万ドルを寄付しています。マイクロソフトの持株比率が1.3%になった事があるので、うまく運用すれば何億ドルかそれ以上の資産が残せたはずですが、そういう事に興味はなかったようです。

記録によれば、ゴードン・レトウィンは、シアトル市フリーモント・アベニュー3601番地(3601 Fremont Ave. N.Suite 304, Seattle)に住んでいるか、いたらしいので行ってみました。実際に行ってみると、他のマイクロソフトの幹部とは少し違う暮らし向きのようでした。
コンピュータ一筋の人なのでしょう。

シェラトン

シアトル北岸から南岸に戻って、マーケットを見たりして時間をつぶし、3:00にシェラトンにチェックインしました。ここはレッドライオンとはまた別の世界です。自動車はバレット・パーキングで預け有料です。心づけも必要です。ベル・キャプテンがさっと寄ってきて荷物を運んでくれます。部屋まで一緒に運んでくれました。「氷は必要ですか」とかいろいろ気を使ってくれるので、心づけをはずまねばなりません。インターネットも無料ではなくなり、無料で使いたければロビーに下りて行かねばなりません。でも快適なことは快適です。

ただし、家内に言わせると、バスローブ、スリッパ、シャワーキャップ、シェーバーも置いてないので最高の部屋ではないということでした。まあ、レッドライオンよりはましと思いました。

(続きます)