科学技術と教育を出版からサポートする

出版局長だより  (第26回)

シアトル・ポートランド旅行記  その8

リサの生まれた謎のリンゴ園

1978年5月17日、オレゴン州マクミンビル郊外のオール・ワン・ファームで、一人の女の子が生まれました。その名をリサ・ニコール・ブレナンといいます。すぐには認知されませんでしたが、スティーブ・ジョブズの実の娘です。

オール・ワン・ファームは、スティーブ・ジョブズのリード・カレッジ時代の友人ロバート・フリードランドが持っており、リサの母親クリスアン・ブレナンは、ロバート・フリードランドを頼ってオール・ワン・ファームでリサを生みました。

スティーブ・ジョブズはリサの誕生の3日後にやってきて、名前を付けました。そして、すぐにクパチーノのアップル・コンピュータに戻って行きました。

ところが、今まであまり知られていなかったことですが、スティーブ・ジョブズは、3ヶ月後の1978年8月17日、再びオレゴン州マクミンビルに戻って来て、弁護士クレイグ・ブランドの立会いの下で、ロバート・フリードランドと不動産投資等に関するビジネス契約を結んでいます。

それが明らかになったのは、2013年12月13日、テキサス州ヒューストンのトライスター・プロダクション社の社長ジェフ・ローゼンベルグが、その8ページの契約書を競売で4万ドルで落札して評判になったからです。スティーブ・ジョブズの直筆の署名があるとは言え、わずか8ページの契約書が4万ドルとは驚きます。

この契約書の第1項には、会社名と事業所の所在地を記す欄がありますが、会社名はありません。事業所の所在地は「オレゴン州マクミンビル市ルート2ボックス472」と手書きで書き込まれています。
これは不可解な所在地ですが、マクミンビル市内またはその周辺と思われます。

多分、リサの誕生で、再びスティーブ・ジョブズとロバート・フリードランドとの接点が生じ、パートナー契約を結ぶ所まで行ったものでしょう。クリスアン・ブレナンは、リサの誕生後、ロバート・フリードランドのオール・ワン・ファームの世話になりましたが、迷惑をかけるというので一ヶ月程で妹のキャシーを頼ってオール・ワン・ファームを立ち去りました。

そのすぐ後に会社設立の話が持ち上がったのでしょう。スティーブ・ジョブズにとっては娘のリサより不動産購入の方が大切だったのでしょうか。何ともリアルな話です。また一体、二人の会社あるいはスティーブ・ジョブズは、どんな不動産を購入したのだろうと気になる所です。

インターネットの情報を徹底的に検索して仔細に分析すると、スティーブ・ジョブズが購入したのは、マクミンビルの北6.5マイルの、ウィリス・ロード(Willis Road)とファー・クレスト・ロード(Fir Crest road)の交わる辺りです。

グーグルの地図で、はっきり確認できます。30エーカー程の土地で、オール・ワン・ファームの直近かオール・ワン・ファームの一部だったようです。悩ましいのは、現在の時点では、それが100%オール・ワン・ファームと、明確に断定できないことです。ただ、ここらあたりにオール・ワン・ファームがあったと考えても、ほぼ差し支えないと思います。

スティーブ・ジョブズは、購入した土地を林檎園でなく、葡萄園にする積りだったといいます。スティーブ・ジョブズは1978年から1985年まで所有していたようですが、一切、土地に手を入れませんでした。スティーブ・ジョブズは、ロバート・フリードランドとの共同事業にはあまり熱心ではありませんでした。暇がなかったのでしょう。だから1985年に売却したようです。

現在の所有者は、スティーブ・ジョブズと同じホームステッド高校に通学し、彼の奥さんはスティーブ・ジョブズの妹パティ・ジョブズの友達で、スティーブ・ジョブズをスティーブ・ウォズニアックに紹介したビル・フェルナンデスの友人であって、シリコンバレーで技術者として働いていたこともあるといいます。本人は名前も所在地も全く秘密にしています。何とも謎めいた話です。

ガソリン・スタンドにたどり着くまで

さて翌朝、ポートランドの南西のマクミンビルを訪ねることにしました。この時ガソリンが空に近くなっていたので、ガソリン・スタンドで給油することにしました。それが容易でなく、レッドライオンでもらった地図が、きわめて不正確でした。
ガソリン・スタンドにたどり着くまで途中に3箇所ほど不明確な所がありました。何度も間違えて、行ったり来たりを繰り返しました。やむを得ず、車の手入れをしている人に道を尋ねましたが、なかなかたどり着けません。

地図では、1本の線で高速道路を交差するように書いてあります。それが不可解です。地図では渡ってから左折するよう見えます。すると高速道路に入ってしまい、ガソリン・スタンドどころではありません。いつまでも高速道路から出られないでいると、ガス欠になりかねません。適当な所で下りて元に戻ろうとしましたが、ところが、なかなか戻れません。

やっと元にもどりましたが、どう進むのだろうと途方にくれました。仕方なくレッドライオンに戻って聞き直してみました。アドレスがあれば、車のGPSかアイフォーンの地図で分かるのですが、要領を得ません。
また繰り返すと、結局、高速道路に飛び込んでしまいました。何度も行ったり来たりしました。運転をしている冷静な家内もいらいらしてきます。このままではガス欠の可能性があります。

そこで、高速道路にかかる橋の手前の自動車工場で、家内が車を降りてスペイン系の人に聞きました。彼が教えてくれた所によると、実は橋の上には3本のレーンがあって、高速道路の南と北の入り口、そして真ん中があります。
その真ん中を通らないと、ガソリン・スタンドには、たどり着けないのです。これが分かりませんでした。その親切なスペイン系の人に教わって初めて分かりました。「そんな・・・」と思いました。

家内が心づけを出しましたが、誇り高きスペイン系の人は、当たり前のことをしただけだと受け取らなかったと言います。あわてて私が車を降りて、「心ばかりで申し訳ないが、感謝の気持だから」と辞退する彼にお渡ししました。
本当に感謝していましたし、もう、うんざりしていて、ツキを変えたかったのです。確かにツキが変わったらしく、ガソリン・スタンドに到着し、ガソリンを満タンにする。ここまでに1時間以上かかりました。

昔、ネバダ砂漠でガス欠で、バケツを持って、ガソリン・スタンドまで歩いて行く人を見たことがあります。米国の長距離ドライブでは、ガソリンが半分を切ったら、ガソリン・スタンドを見つけ次第満タンにするのが鉄則と聞いたことがあります。
それを知っていながら守らなかった我々にも反省すべき点は多いと思いました。

マクミンビルへ

やっと出発してマクミンビルに向います。着いた所は静かな田舎街です。オレゴン州マクミンビル市ルート2ボックス472なんておかしな番地は地図にありません。日本でマクミンビル市のバスの路線地図で適当に探しておいたアドレスに行ってみました。オレゴン州マクミンビルのノース・エバンス通り330番地です。それらしく思えるから不思議です。しばらく写真を撮ってから、北西に向って、オール・ワン・ファームを目指しました。

スティーブ・ジョブズのオール・ワン・ファーム

目当てのウィリス・ロードは簡単に見つかり、順調なように思えましたが、ナビゲータの私が一ヶ所左折を間違えました。どんどん山の中に入って行きます。舗装はなくなり、細かな砂利を敷き詰めた道になります。細かい砂利が跳ねるのが困ります。結局、山を一周してウィリス・ロードの入口に戻りました。やめようかと思いましたが、気を取り直して、また登り始めました。今度はゆっくりと慎重に進みます。

その内、家内が「あった」と叫びました。たしかにウィリス・ロードとファー・クレスト・ロードの交点です。インターネットの写真で見た通りです。するとこの反対側がスティーブ・ジョブズのいたオール・ワン・ファームで、リサの生まれた林檎園のあった農場でしょう。正面からは何も見えませんが、側道に入ると、中の様子が見えます。

事前情報通り、たしかにリンゴ園ではなく、ブドウ園になっています。ここかと感ひとしおです。この近所の農場の写真も撮ってきましたが、おそらく、こちらの方がスティーブ・ジョブズがいたオール・ワン・ファームという林檎園農場のイメージに近いと思います。当時の写真ともイメージが合います。

スティーブ・ジョブズに関しては、突然、今まで知られていなかったことが表面に出て来ることがあります。まだまだ分からないことは沢山あります。

新聞王ピトック邸

マクミンビルからの帰り、39マイル、自動車で1時間15分程走った所で、ポートランドの新聞王ヘンリー・ピトックの邸宅を訪ねました。ポートランドの西側の丘の上にあります。ずいぶんきつい坂道を登ってたどりつけます。
オーソン・ウェルズの主演した『市民ケーン』に出てくるウィリアム・ランドルフ・ハーストのような存在らしく、素晴らしい邸宅でした。私の予定にはなく、家内が観光ガイドブックで見つけてくれました。研究不足でした。ポートランドの観光って、この邸宅だけでした。

ノードストローム

それからポートランドのダウンタウンのノードストロームに行きました。オレゴン州は消費税がかからないので、ノードストロームで化粧品を買いたいと家内が言うのです。あれ、いつの間にか相当研究して来たなと思いました。
しかし、こんな余人には面白くない旅行につきあってもらっているので仕方がない、ご苦労さまと思いました。

ノードストロームは元々シアトルの靴屋さんだったそうですが、今ではファッション全般を扱っています。靴屋さんだったことを知らない人も多いと思います。
家内が1階の化粧品売場で買物をしている間、私は2階と3階の売場を見て歩きました。頃合を見計らって、もう終ったかなと思って、1階に戻ると何か様子が変です。

家内のクレジット・カードが使えないと、イタリア人風のイケメンのキザな販売員が言うのだそうです。日本の銀行に電話しろとも言われたと家内が言います。馬鹿馬鹿しい、素人がクレジット・カードを格好をつけてビュッと引っ張っただけだろうと思いました。
しかし、おもむろに私のクレジット・カードを差し出しました。ちゃんと読めて決済できました。磁気カードはどんなに低速でも、どんなに高速で引っ張っても読めるのですが、読み込みの最中にスピードが変わってはいけないのです。

これは昔、松下通信工業のS氏に教わりました。家内のカードは無事でした。格好をつけるイケメンがいけないのです。

やれやれとレッドライオンに帰って休みました。

(続きます)