科学技術と教育を出版からサポートする

出版局長だより (第12回)

出版局長だより 第12回

出版局長の脇英世です。また、しばらく出版局長だよりをお休みしました。色々な事が次々に起きて、出版局長だよりまで手が回りませんでした。この間、卒業生の皆さんや知己の方々には御心配をおかけしました。大変申し訳ありませんでした。出版局も順調ですし、私もは元気でおりますので御心配なさらないようにして下さい。

『エーテルと電気の歴史』

最近、必要があって、エドモンド・ウィットテイカーの『エーテルと電気の歴史』を読みました。学生時代に友人達と、ウィットテイカーとワトソンの『モダン・アナリシス(現代解析学)』を読みました。章末の問題が難しいのには苦しめられた覚えがあります。

その後『ア・トレアテイス・オン・ザ・アナリティカル・ダイナミクス・オブ・パーティクルズ・アンド・リジッド・ボディズ(粒子と剛体の解析力学論)』のペーパーバック版を購入しました。力学の問題集の種本になっています。3体問題まで解説している、図がほとんどない、とても難しい本で、邦訳も買いましたが、積読 〈つんどく〉 でした。

『エーテルと電気の歴史』は、昔はとても入手が困難な本で、1986年に講談社から邦訳が出た時はすぐ買いました。何度か拾い読みをしましたが、ついに読破できず、今回28年ぶりに読破を目指しました。大丈夫かな、挫折しないかと思いましたが、比較的好調に読み進めました。

電磁気の歴史は、ある時点までは博物館にある骨董品的な機械装置が頻出し、若い時は迂遠に感じ、とても読む気になりませんでした。手っ取り早くマクスウェル方程式から始まるジュリアス・アダムス・ストラットンの『電磁気学』やパナフスキー・フィリップスの『電磁気学』の方が好きでした。

読み進んで1820年代のエールステッドやアンペールに至って、やっと数学的理論が登場します。アンペールの公式を導くのに、完全微分による推論を使っているのには驚きました。電磁気学に力学のポテンシャル論の影響も入ってきて一挙に数学的になり、難しくなります。また、20世紀に入るまでエーテルという考え方に引きずられていたのには、あらためて驚きました。

邦訳を読んで、何箇所か意味の取りにくい所があったので、原本を読んでみようと思いました。インターネットから1910年版がPDFファイルでダウンロードできます。驚いたのは、まるで中身が違うので、これは一体どうした事だと思いました。

たとえば邦訳の最初に出てくるλογικως(ロギコス;論理的な[英語のlogicalに当たります])、 φυσικως(フシコス;物理的な[英語のphysicalに当たります])というギリシア語が出て来ないのです。調べてみると、邦訳は1951年版の翻訳でした。そこで1951年版を手に入れようと米国のアマゾンを探しましたが、なかなか見つからず、ついにDover版で1989年版があるのを見つけて購入しました。

届いて驚いたのは2巻本を1巻にまとめてあったことです。第1巻は古典論、第2巻が現代理論になっていました。つまり、私が邦訳で読んだのは1951年の古典論だけで、1953年の現代理論は読んでいなかったのです。必ず原典に当たる重要性を痛感しました。

東京電機大学出版局からは電磁気学の歴史として、高橋雄造先生の『電気の歴史 人と技術のものがたり』、重光 司先生の『電気と磁気の歴史 人と電磁波のかかわり』があります。この際、読んでしまおうと挑戦しました。とても面白く読めました。これらの本には図が多く大変分かりやすいです、また興味深い逸話がたくさん収められています。ぜひ御一読をお勧めします。

さて、余勢を駆って次は何を読もうかと考えました。ジェームズ・クラーク・マクスウェルの『ア・トレアテイス・オン・エレクトリシティ・アンド・マグネティズム(電磁気論)』2巻か、マイケル・ファラデーの『エクスペリメンタル・リサーチズ・イン・エレクトリシティ(電気学実験的研究)』全3巻にしようかと考えて少し読んでみました。少し試して、これはとても無理だと悟りました。

マクスウェルの本は電磁気学が精密科学であることを主張しており、そのために電気計測に関する記述が非常に多いのです。若い頃、高木純一先生の『電気の歴史―計測を中心として』を読んで啓発され、何度かマクスウェルの原典に挑戦しましたが、途中で逃げ出しました。電気計測の講義を持たされて、マクスウェル整流子ブリッジの平衡条件など、分からなかったことのいくつかを解決するのには役立った覚えがあります。

『電気事始め マイケル・ファラデーの生涯』

ファラデーの本は、岩波文庫で『電気学実験研究』という矢島 祐利、稲沼 瑞穂氏の部分訳があり、我家のどこかに眠っているはずですが、こういう本を最後まで翻訳するのは大変だろうと思います。私は、かなり入手しにくい時期に緑の装丁のハードカバー版を入手しましたが、残念なことに本棚の飾りになっています。

ファラデーの7巻本の『実験研究の日記』は、ペーパーバックで出版されていて、こちらの方『電気学実験研究』より図も多く、読みやすいと思います。無事、全巻届いたのですが、本棚の場所をどう空けようかと悩んでいます。

ここでジェームズ・ハミルトン著、佐波正一訳『電気事始め マイケル・ファラデーの生涯』教文館という本を手に入れました。美術史の専門家がファラデーの伝記を書くなんて不思議だなと思いつつ、読み始めました。ところがこれがとても面白く、つい全部読んでしまいました。

ジェームズ・ハミルトンという人は、美術史の専門家でありながら、ファラデーの『電気学実験研究』はともかくとして、間違いなくファラデーの7巻本の『実験研究の日記』は全部読んでいるようです。本格的な取り組みの本だと分かりました。

p.196に「1831年8月29日以前におけるファラデーの実験は「蒸気」の時代になされたものであり、この日以降のものは新しい「電気」の時代に行われているわけで、1831年8月29日は、まさに電気の画期的な「第1日」だったわけである」とあります。

ファラデーは1971年生まれですから、本格的に電気の研究を始めたのは40歳になってからです。むろん30歳の時に電磁回転を発見していますから、30歳から電気の研究をしていたとも言えるのですが、やはり40歳からと言うのが適切でしょう。私はファラデーという人は一生電気の実験研究だけをしていたような錯覚にとらわれていました。電気の実験研究も1845年54才のファラデー効果(反磁性)の実験研究で一区切りになったようで、これも意外でした。

訳者の佐波正一氏は、東芝電気株式会社の社長を勤められた方だそうで、原著を3年かかって全訳されたそうです。あまりに厚くなってしまったので、抄訳にされたとの事です。たしかにコスト的には相当かかってしまい、価格も高くなってしまいますが、せっかく原稿があったのに何とも残念な事だと思いました。

そこで原著の”Faraday The Life”を手に入れようと思って、米国アマゾンで調べてみると、私は7巻本の『実験研究の日記』を買った時に、ついでに買っていたのでした。思い返してみると、ジェームズ・ハミルトンの原著を見つけて、邦訳がないかなと思って『電気事始め マイケル・ファラデーの生涯』を購入したのです。その時にページ数の比較から抄訳であることは承知していたのです。全く忘れていました。

不思議なことにジェームズ・ハミルトンは『発見の人生 マイケル・ファラデー、科学革命の巨人』というを同じ様な本を2004年に出版しているのです。一体これは何だろうと思って調べると、アマゾンの記録に私は2006年に購入済みとありました。私の書棚のどこかにある筈ですが、全く記憶がありません。最近こういう事例が頻発していて困ります。蔵書が増えすぎてしまいました。

絶対に見つからないだろうと思って、真夜中に自分の本棚を眺めていると、何とハードカバー版がありました。最初の方を読んでみると、どうもこれは同じ本らしく、また邦訳がたしかに抄訳であることが分かりました。最初のページでも画家のリチャード・コズウェイや建築家のジョージ・ダンス・ザ・ヤンガーの記述が削られています。残念だなあと思いました。

ともかく勉強にはなったので、ファラデーの『電気学実験研究』の読破は、あきらめないことにしました。ただ、あれだけの分量に押しつぶされないためには周到な計画が必要だと思います。マルセル・プルーストの『失われた時をもとめて』や紫式部の『源氏物語』も何とか読めたので、準備と計画が周到なら、できないことではないと思います。

『ヒッグス粒子の発見』

方針を転換して、講談社のブルーバックスから出ているイアン・サンプルの『ヒッグス粒子の発見』上原 昌子訳を読んでみました。翻訳すると分量が増えると言いますが、原著が307ページに対して520ページとかなり分量が増えています。最後の章はブルーバックスだけと言います。
これだけの取材をするのは大変だろうと思います。

この本は『エーテルと電気の歴史』に出て来る歴史を引き継いだ辺りから、物理の歴史を解説しながら、ヒッグス粒子への分かりやすい導入を展開しています。

私の子供の頃は、原子は原子核とその周りを回る電子でできていて、原子核は陽子と中性子からなっている位のものでした。その内、ニュートリノなどの素粒子という奇妙な存在が次々に出てきて、混迷の状況に入りました。その内、何とかまとまってきて、自然界には4つの力があることになりました。

  ・電磁力
  ・強い力
  ・弱い力
  ・重力

そして自然界を構成する粒子も以下の6種類24個になりました。

  ・クォーク
  ・レプトン
  ・フォトン
  ・グルーオン
  ・ウィーク・ボソン W+, W-, Z
  ・ヒッグス粒子

1967年スティーブン・ワインバーグは電磁力と弱い力を統一した電弱理論を提唱し、W+粒子, W-粒子, Z粒子の存在を予言しました。でも、本当にこの本に出て来る内容を理解するためには、最低でもワインバーグの『場の量子論』全6巻位は読まないと無理でしょう。

『ヒッグス粒子の発見』は、最後の構成粒子ヒッグス粒子の存在の追及をドラマチックに描いています。難しい数学も一切使わず、何となく分かった気にさせるのですから大したものです。

ヒッグス粒子を発見するための巨大な加速器については、つねづね疑問に思っていたことがありました。こういう高エネルギー実験をして、何かの間違いで一瞬にして世界が滅びるようなことがないのだろうかということです。これについては第8章「世界の終焉」論争に詳しく書いてあります。大丈夫そうに書いてありますが、それでも大丈夫なのだろうかと心配になります。

またヒッグス粒子には関係ないのですが、面白かったのは、p.206で、SSC(超伝導超大型粒子衝突型加速器)を支持したレーガン大統領が読み上げた引用文に関する顛末です。

「埃になるより、灰になりたい。私の才気が朽ちて踏みにじられる位なら、明るく輝く炎となって燃え尽きた方が余程ましだ。恒久不変の退屈な惑星より、私を作る原子が全て見事に輝く壮麗な流星でありたい」

レーガン大統領は、ポケットから取り出したカードをそう読み上げ、SSCに対する支持を表明しました。これはジャック・ロンドンの文章でアメリカン・フットボールのケン・ステイプラーがこれを読んだことがあると説明したのだそうです。それからが大変で、大統領の周囲の人達はジャック・ロンドンがどこでそんな文章を書いたのか、出典を必死に探し始めました。結局、本当の所は分からなかったようです。

ジャック・ロンドンのように多作な人の文章を見つけ出すのは大変です。私もサンタクララバレー(シリコンバレー)に関するジャック・ロンドンの引用文の出典を求めて、かなり苦しんだことがあります。結局、ジャック・ロンドンの著作があまりに多すぎて見つけられませんでした。

電子書籍になれば、簡単に検索できるかもしれませんが、有名なもの、売れ筋のものだけが電子書籍化されただけでは駄目で、断簡墨汁まで電子化されていないと、見つけ出すのは難しいでしょう。検索してないと言ったら、あったということが発生するかも知れません。

また今の電子書籍は読めれば良いという感じが強く、品質の追求は必ずしもなされていないように思います。書誌についてはアバウトです。電子出版については、これからやらなければならないことは沢山あるのだと思います。