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出版局長だより (第8回)

出版局長だより 第8回

出版局長の脇 英世です。

苦しんだ本の執筆もほぼ終わりました。こんなに本を書くのに苦しんだことはありません。ゴールデン・ウィークには、まえがき、あとがき、文献表を残すだけになり、何とか先が見えてきました。実際に本作りに入ると色々問題点もでてくるでしょうが、まずは一服という感じです。

ゴールデン・ウィークは、久しぶりに庭の手入れをしました。今年は風が強く、庭のラティスのフェンスが吹き飛ばされ通しでした。フェンスの補強にラティスを蝶番でつないで補強しましたが、それでも強い風が3枚につないだラティスを吹き飛ばすので驚きました。

空中を浮揚して吹き飛んだラティスが人に当たらなかったのは良かったのですが、ドン・ファンという薔薇が何度もラティスにぶつけられて、ついに倒れてしまいました。残念ながら、あきらめて植え替えをすることにしました。

ラティスのない側のフェンス寄りのマリア・カラスという薔薇は今年も咲きました。いつもは5月の10日頃から咲くのに、4月の20日過ぎから咲きました。今年の天気は少し例年とは違います。それでも200ないし300個の薔薇が咲いて、とてもきれいでした。せいぜい2週間から3週間という短い期間の楽しみです。

咲き終わってしまったマリア・カラスを剪定していたら、フェンスの下の道路を歩いていた御婦人から声をかけられました。あれ、落ちた枝がぶつかったかなとびっくりしました。すると、薔薇を切って落として下さいと言われたのです。いつも通る度に欲しいと思っていましたと言われました。2,3本切ってお渡ししました。ありがとう、接木しますと言われて、よほど薔薇の好きな人なんだなと思いました。

ゴールデン・ウィークの読書は、1950年代後半から1960年代にかけてのビート・ジェネレーションの本を読むことにしました。最初に選んだのは、ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』です。棚を整理したら、以前に買ったものがあって、もう1冊出て来たのには驚きました。

つまらないのではないかと思っていたのですが、あまりに面白いので、途中から鉛筆を持って、印を付けながら読みました。読み終わったら、前半部分に印がついていないのが、癪に障るので、もう一度最初から読みました。印を付け始めた所にさしかかった所で読み終えれば良いのですが、止まらず、最後まで読んでしまいました。都合2回読んだのです。

この小説の設定時代が1960年代なら不思議に思わないのですが、私の生まれた1947年であることに驚きました。この時代にこれだけ破天荒な生活をしていた人達がいたということは驚きです。

『オン・ザ・ロード』では、ルート6やルート66のような古いハイウェイが出てきます。フリスコがサンフランシスコのことだと、気がつくのに少し時間がかかりました。サンフランシスコの街の描写も古く、マーケット通り、テンダーロイン、ミッション通り、オファレル通りなど、昔はそんなだったかと驚きます。ロサンゼルスやシカゴやミネソタの描写でも今とはまるで違います。

この小説の中には、ビート・ジェネレーションの有名な詩人や作家が登場します。カーロ・マルクスと言う名前でアレン・ギンズバーグが、オールド・ブル・リーという名前でウィリアム・バロウズが登場します。カーロ・マルクスというのはカール・マルクスから採ったのでしょう。あの黒い髭はカール・マルクスを意識したものかも知れないと、ふと思いました。

アレン・ギンズバーグは、ユー・チューブやボブ・ディランのDVDで見たことがありました。モノクロの画面に映った禿で髭面の汚い男で、モンキー・ダンスを踊っている奇妙な男という印象でした。

1960年代から1970年代の激動の時代にかけては、シャン・ポール・サルトルの「文学は飢えた子供の前に何ができるか」に影響されて嫌気がさし、文学を読むのをかなり控えていたので、アレン・ギンズバーグの詩集は読んだことがありませんでした。

いつしか私の中に奇妙な保守化と否定化の傾向が発生し、詩はウラジミール・マヤコフスキー、フェデリーコ・ガルシア・ロルカ、T.S.エリオットの3人くらいで十分だと思うようになりました。

ウラジミール・マヤコフスキーは日本語以外にロシア語で全集を揃えて読みました。多分、小笠原豊樹氏の翻訳に参ったというのが本当でしょう。ウラジミール・マヤコフスキーの本は相当買い集めたのですが、あまり読んでいません。

フェデリーコ・ガルシア・ロルカは、深夜テレビでたまたま映画『ロルカ 暗殺の丘』を見た時にショックを受けました。『イグナシオ・サンチェス・メヒーアスへの哀悼歌』の朗誦を聞いて、すごいなという印象を受けて訳本を買い求めました。どれも気に入らず、ビデオに撮った詩が一番好きでした。英語と日本語のビデオを買って聞き比べましたが、日本語のビデオが一番素晴らしいと思いました。思い余って、スペイン語の詩集をアマゾンから買い求めました。英語の対訳がついた厚い本です。

シャン・ポール・サルトルの戯曲『汚れた手』の中だったと思いますが、フェデリーコ・ガルシア・ロルカの本がちらっと出てきて、硬直化した党官僚には理解できないというシーンがありました。ちょっとした、くすぐりだと思いますが、思わず噴出しました。

T.S.エリオットはThe Waste LandのThe Burial of the Deadの最初の2行を読んで驚きました。

April is the cruellest month, breeding,
Lilacs out of the dead land, mixing

どうして、こんな発想ができるのかと感心しました。でも実際にはT.S.エリオットの元の詩にエズラ・パウンドが徹底的に手を入れたのが今の詩だと知って驚きました。原稿の写真版を見ると、たとえばエズラ・パウンドは最初の数十行をばっさり切り落としています。ここまで来るとエズラ・パウンドの詩なのかと思います。複雑な気持です。

アレン・ギンズバーグはFBIの危険人物リストにも載っていたという伝説の詩人です。

私が手に入れたアレン・ギンズバーグの詩集は1190ページもあって、どこから読んだものやらと思いました。

ユー・チューブにアレン・ギンズバーグ本人の朗読があることに気付いて、彼の朗誦を聞きながらジャック・ケルアックが題を付けたというHowl(吠える)から読み始めました。すごいと思いました。AmericaやThe Moments Returnも読んだと言うか、聞いてみました。

ポール・マッカートニーのバラードThe Ballad of the Skeltonsも見ました。ボブ・ディランとも競演しているのには驚きました。時間があれば、そして気が向く時があれば、拾い読みでなく、最初から系統的に読んでみたいと思います。

残っているのはウィリアム・バロウズの『裸のランチ』です。これはジャック・ケルアックが題を付け、アレン・ギンズバーグが出版を薦めたという書物ですが、全く理解を超越した書物で、あっ気にとられました。

場所も時間にも関係のない設定で、ある意味でSF的な感じもします。発禁になったということですが、これだけ反体制で麻薬礼賛と狂気に満ちた猥雑な書物となれば、当時の米国では、発禁になるのは無理もないと思います。

ウィリアム・バロウズは、1886年に加算器を作り出したアメリカン・アリスメータ社を創業したウィリアム・シュワード・バロウズの孫です。バロウズと表記されているので、あのコンピュータ会社バロースの創業者の孫とは気がつきませんでした。多分、高千穂バロース(現在の日本ユニシス株式会社)がバロウズでなくバロースと表記したのだろうと思います。

これだけの書物が出たら、コンピュータ会社のバロースは、さぞ困っただろうと思いましたが、創業者のウィリアム・バロウズは、株はほとんど手放しており、子供たちが信託遺産として持っていたのは485株と言われます。ジョー・ボイヤーが16380株を持っており、ウィリアム・バロウズの子孫達はコンピュータ会社のバロースとは無縁に近くなっていました。

Literary Outlaw : The Life and Times of William S. Burroughs(『文学のアウトロー・ウィリアム・S・バロウズの人生と時代』)というウィリアム・バロウズの伝記を書いたテッド・モーガンによれば、T.S.エリオットのThe Wasted Landに出てくる”Le Prince D’Aquitance a la tour abolie”のようなものだということです。

それでも、ある程度の余裕はあったので、ウィリアム・バロウズは、あまり働かず、両親からもらったお金で朝から晩まで麻薬漬けの毎日を送っていました。ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』に出てきます。

ウィリアム・バロウズは銃に異常とも言えるほどの関心を示し、ショットガンやら短機関銃やら銃を持ち歩いており、ある場合には実際に引き金を引いていました。誤射ということですが、ウィリアム・テル遊びで妻を射殺しています。

ディビッド・クローネンバーグが『裸のランチ』という映画を作っています。ついでに見ておこうと思って、これもアマゾンから購入して見ました。たしかに原作と接点がないわけではありませんが、別物ではないかと思います。

ウィリアム・バロウズには山形浩生氏の行き届いた研究書があります。文庫かなにかで手軽に入手できれば良いのにと思います。

さて、ビート・ジェネレーションには一息ついて、モナ・シンプソンの『ここではないどこかへ』を読みました。なるほど、そうかと思いました。もう少し自分の中で、こなれてきたらご報告します。『ここではないどこかへ』を読んだ後、そのまま同じモナ・シンプソンの『行方不明の父親』を読み始めました。英文で500ページを越える単調な筋の小説を読みきれるかどうか心配ですが、ともかく80ページは読みました。