科学技術と教育を出版からサポートする

eラーニングと「本」の将来 多様化する米国大学教科書事情 現地リポート

インターネットの普及や教育の情報化は,短絡的にマルチメディア教材の売上げ増に結びつけがちである。しかし,eラーニング先進国の米国では,オンデマンド出版による教科書作りが主流であることにまず注目したい。
 大学生協連合会では,毎年米国大学のブックストアの視察を行っている。昨年,その報告を聞き,オンデマンド出版やユーズドブック(古本)の販売比率が高いことに驚きを覚えた。オンデマンド出版では,複写利用するすべての著作物の許諾をとり著作権使用料を支払っているという。日本では容易に理解できないことであるが,出版社が絶版でもない本の複写使用を認める背景とは何なのか。また,日本と米国では大学における教科書使用の実態はどう異なるのか。さらに資金的にも日本よりはるかに大きい米国教育系出版社の対応はどうなっているのか。いくつもの疑問が残っていた。
 今春,コーネル大学やコロラド大学のブックストア視察に同行する機会を得た。オンデマンド出版とユーズドブックの現状と今後の課題について考えてみたい。
 コーネル大学は,大学直営のサービス事業部を持ち,ブックストアやプリントショップのほか,旅行サービスや不動産事業も行っている。コロラド大学は州立大学であるが,大学直営のブックストアはコーネル大学同様,重要な収益部門となっている。
 ブックストアの事業として注目すべきは,カスタム出版とよばれる教材のオンデマンド印刷である。日本におけるオンデマンド出版が,絶版本の復刻や極少部数のオリジナル出版を中心としているのに対し,米国大学におけるカスタム出版は,複数のコンテンツから必要な部分だけ選び(カスタム化),そのすべてに対し著作権処理した上で,必要部数のみ印刷しているのが特徴である。素材はすべて教員から持ち込まれ,その内容は市販の教科書,書籍,雑誌,新聞など多岐にわたっている。
 教科書の改訂サイクルは四年から五年と長いため,常に最新の情報を教材にしたいと考えている教員も多い。そこで経営学やビジネススクール(大学院)では,生きた教材としてハーバードビジネスレビューやニューヨークタイムズ,経済誌,新聞などを多用している。また,市販の教科書は概して分量もあり,多種類に及んでいる。そのため異なる出版社の複数の本を一部分ずつ授業に利用したいという要望ある。
 このような需要を背景に,研究型大学で九〇年初頭からカスタム出版の仕組みが整ってきたという。その先駆けともなるサービスに,米国最大の教科書出版社の一つであるマグロウヒル社がコダックと印刷会社のダネリーと組んで九〇年から始めた「プリミス」があった。以前のそのウェブページには,「ニーズ,教育法,スタイル,コンテンツ,構成にあわせてカスタム化する」と書かれており,カスタム出版の重要なコンセプトになったといえる。
 コーネル大学では,全教科書のうち13%がカスタム出版である。その内訳は毎半期ごとに三五〇タイトルを発行し,毎年三万五〇〇〇冊以上を販売,五〇〇人の教員が利用している。平均頁は二四四頁,平均単価は三一ドル,平均印刷部数は四五部である。年間の著作権使用料は五二万五〇〇〇ドルで,約八〇〇〇件を処理している。売上げは二〇〇〇年秋半期で六八万ドル,二〇〇一年春半期が五八万ドルで,減少傾向とはいえ日本円で年間一億五〇〇〇万円にも及んでいる。
 最近の変化として,教科書の改訂サイクルを出版社自身が短縮するなどの取組を始めている。
 また,出版社に支払う著作権使用料が上昇しつつあり,利益の圧縮要因になり始めている。著作権使用料は一頁あたり一一セント,これを平均二〇セントで販売する。以前のオンデマンド印刷機ではスキャニングしたデータを蓄積保存することができなかったが,コーネル大学では数年前にシステムを入れ替え,一度デジタルデータ化したコンテンツのデータベース化を進めている。これにより経費節減や需要に応じた短期間での制作が可能となり,収益性が改善されたという。
 なお,コーネル大学のカスタム出版は,南カリフォルニア(USC)大学に次いで全米二位の規模である。USCの売上げは,市販の教科書が七二〇万ドルに対し,ユーズドブックが二三〇万ドル,カスタム出版は三六〇万ドル,実に教科書全体の27%の四億五〇〇〇万円を売り上げているのである。売上げを伸ばしているUSCのカスタム出版ではあるが,コーネル大学よりも数年遅れて六〇タイトルから開始している。
 先駆的な両大学で,当初,もっとも苦労したのが著作権の許諾だったという。現在では,コーネル大学でのタイトルの半数は著作権処理センター(CCC)のウェブサービスにより権利処理が行われている。残りの多くも著作権者へ直接のメールで許諾がとれるようになっている。こうして,現在,全米のほとんどの大学でカスタム出版が行われるようになった。印刷部門を持たない小さな単科大学や二年生大学では,ブックストアが窓口となって著作権処理をし,印刷はキンコーズなどを利用している。
 なお,カスタム出版のほとんどはプラスチックリングによる製本で,なかにはホチキス止めすらある。日本人の感覚では,むしろコピーによる複写サービスである。そのためか出版社自らによる同様なサービスは「カスタム印刷(プリンティング)」と呼ばれていた。
 ここで重要なのは,著作物を複写して授業用の教材を作る際に,許諾およびその対価を払うシステムがCCCにより確立されている点である。CCCではコンテンツの種類や対象組織,利用方法に応じてさまざまな権利許諾方式を備えている。そのなかで大学等の教育機関において教材制作における権利処理を行うサービスがアカデミック・パーミッション・サービス(APS)である。利用者登録によりオンラインで出版物検索や許諾申請ができる。
 日本では従来から日本複写権センターが企業や図書館と包括契約を結び,一頁あたり一律二円の複写使用料を徴収してきた。これでは一頁あたり一〇円を超えるであろう専門書の単価では,本を丸ごとコピーしても購入するより安くつく計算となる。そのためかつては各出版社が自主的に使用料を決められるいわゆる白抜きR〈特別扱い〉マークを付した出版物があり,自然科学系出版物を中心に指定されていた。「かつては」と書いたのは,一昨年十二月に日本複写センターが特別扱い著作物を管理業務から外してしまったからである。これを契機に自然科学系出版社の出資のもと,昨年一月に株式会社日本著作出版権管理システムが設立されている。
 日本でもカスタム出版による教材を制作利用する希望も多いと聞く。大学の生き残りをかけて授業改善や教授法の導入が積極的に行われ,教材利用も多様化している。自然科学系教科書だけではなく人文社会系教科書でも,出版社の対応次第で複写権使用料収入という市場が成立する余地があるのではないだろうか。
 コロラド大学ボルダー校では,まもなく始まるサマースクールを前に教科書販売の準備をしていた。販売の棚には,教科書の種類ごとに新本の横にユーズドブックが並んでいた。さらにカスタム出版や出版社による多彩な教科書があり,多様な販売の実態を手にとって理解することができた。
 大学教科書のアメリカ全体の動向は,新本が69%,ユーズドブックが25%を占め,残りがカスタム出版などである。コロラド大学ではユーズドブックの比率はほぼ同様で,カスタム出版が10%あるという。コーネル大学はカスタム出版の比率が高い分,ユーズドブックは10%であるがその利用率は増加傾向にある。
 毎学期の終了時期には,ユーズドブックを取り扱う業者やブックストアが買取りコーナーを設け,学生から使用済みの教科書を購入する。買取り価格は,次学期で教科書指定がある場合は定価の50%,指定がない場合は10〜30%である。いずれも定価の75%で販売されているので,ブックストアは平均で30%近い利益率を確保している。
 ユーズドブックの売上げ比率が高いことはブックストアにとっては収益性が高くてメリットであるが,出版社にとっては深刻な影響を与えかねない。そのため出版社は,主となる教科書の改訂を早めるだけでなく,教科書の内容をデジタル化したCD─ROMや指導書などをシュリンクパックし,毎年度版として販売する手法をとっている。これをバンドリングと呼んでいる。
 教育に紙の教材は不可欠であるが,オンデマンド出版やウェブによる著作権の許諾システムなどでもわかるように,デジタル技術が活かされている。また,ユーズドブック対策でわかるように,出版社は教科書を制作するにあたりコンテンツを完全デジタル化しておき,CD─ROMなどで配布する体制を整えている。電子教材の地ならしは終わっているのである。

 新文化 2002年7月5日号
 2002年5月に行ったアメリカにおける電子テキスト・電子教材調査をもとに,カスタムパブリッシングとユーズドブック(教科書の古本市場)について報告。