科学技術と教育を出版からサポートする

前回,図書館によるデジタルアーカイブについて,その考え方と今後の出版流通に対する影響について述べた。特に少部数の学術出版にとって図書館市場に対する依存度も高く,新たな連携を探る必要がある。
 では,図書館のデジタル化に対して,学術出版の中核を担う大学出版部も変革してきただろうか。米国では‘否’という。

イサカ報告書の意味するもの

学術情報における巨大な発信源米国で,デジタル革命をなしえたのは大手商業学術出版社である。その結果,経済活動〈のための〉学術情報流通の側面が強まることになった。対抗上,米国大学図書館を中心としたオープンアクセス運動にも火がつくことになる。
 米国大学出版部は両者の競争の中で埋没していった。結果的に,経済活動〈に基づく〉学術情報流通は弱まることになった。
 米国の高等教育に関する調査研究や戦略モデルの構築,行政管理サービスをおこなっているNPO法人にイサカ(Ithaka)がある。2007年7月にイサカが米国の高等教育機関における学術情報のデジタル化と大学出版部に与える影響,およびそれに対する新たな戦略を提言した報告書「デジタル時代における大学の学術情報発信」を発表した。
 学術情報流通の急速なデジタル化のなかで,大学図書館が機関リポジトリや論文オンデマンド出版などに乗り出して,利用者ニーズに応えている。一方,米国大学出版部はデジタル化の潮流に乗り遅れていると指摘している。
 この報告書については,『大学出版74号』に山本俊明氏(聖学院大学出版会)が詳述している(http://www.ajup-net.com)。孫引きとなるが,以下,大学出版部の将来に対して手厳しい意見を紹介しておこう。
 「いくつかの大学は,(既存の出版部とは別に)新しい出版部を開設する。またいくつかは出版部を閉鎖するか,その事業を教育や研究業績の評価に特化した機関に発展させる」「大学の使命からかけ離れた出版部の余命は短い」「まもなくその機能を終える。過去にしがみついているからである」。大学管理者たちの出版部に対する評価なのだが,うなずく点もあり思わず唸ってしまう。

日本の大学出版部

では,日本の大学出版部はこのような環境変化に対応し,変化を乗り越えてきたのだろうか。さらに言えば,学術出版にデジタル技術を導入し,成長の糧としえただろうか。実は,イサカ報告書が提示した問題は,さらに深刻に日本の大学出版部の問題となっている。例えばデジタル技術の内部留保については,日本の大学出版部は米国よりもはるかに乏しいと告白するしかない。
 現在,国立大学の法人化に伴い,多くの大学で出版部の設立がすすんでいる。それらは学術情報発信を目的とした大学予算による出版部設立であって,極めて零細な組織である。
 一方,東大出版会や法政大出版局などのような財団法人化した出版部や,明治期の学園創立時から活動を開始している慶應大出版会や電大出版局のような出版部は,自立的な経営を続けるために,教養書や大学教科書の出版にもかなり力を入れている。
 この点では,専門書出版社が教科書の売上に経営依存しつつ,学術書を刊行していることと大差はない。では大学出版部としての存在意義は何か。それは大学の機関決定により設立されていることにつきる。
「出版界と図書館は,役割分担の見直し時期を迎えた」とするならば大学出版部と大学図書館こそ,率先して学術情報流通の新しいモデルを作らなくてはいけない。京都大学学術出版会が,同大図書館の機関リポジトリと連携して,刊行した学術書の提供を開始した。個人的に大いに刺激されているところである。