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締め切りすぎたこの原稿を9月末のベルリンで書いているところである。ドイツの首都ベルリンでは今年,世界中から千人を超える参加者が集まってIEC(国際電気標準会議)総会が開催されている。
 そこで数多く開かれている会議の一つとして,今年,マルチメディア電子出版に関する標準化分野(TC100 TA10)が新設された。その会議を司会進行して,何とか終えたところである。
 国際標準化機関としてはIEC以外に非電気分野のISOと通信分野のITUがある。その中でもIECは一番古く,今年,創立百年をむかえた。これを記念して日本でも経済産業省が標準化百年のキャンペーンを展開している。

二つの標準化

標準化については,デファクト・スタンダード(事実上の標準)がことさら喧伝された時期がある。標準化機関の承認の有無にかかわらず,市場競争の結果,事実上市場の大勢を占めるようになった規格のことである。
 一方,デジュリ・スタンダードとは「公的な標準」のことで,日本ではJISであり,国際的にはISOやIECなど公的標準化機関により制定された規格である。デジュリは標準化プロセスが明確で,しかもオープンである。また,標準化メンバーシップも比較的オープンに参加できる。ただ,手続きがしっかり決まっているために,標準開発の速度が遅く多様なニーズに応えられないことがある。
 これに対してデファクト・スタンダードは,作業プロセスは迅速であるが作業管理はない。また,標準の一本化は市場での競争に委ねられており,結果として標準化のイニシアチブを握ったものが市場を支配できる。問題点は情報公開が不完全で公開の保証もなく,メンバーシップも閉鎖的である。
 ただ,よく誤解されるのだが,両者は対峙する概念ではない。たとえば,ビデオのVHSはベータマックスとの激しい市場競争の結果デファクトの地位を獲得した。その後,IECによって承認されデジュリにもなったがデファクトのままでもある。

デジュリによる電子出版標準化

デファクトを目指してメーカーが開発競争を繰り広げることで,低価格で高品質の商品が生まれるとよく指摘される。ただし,これは大量生産の情報家電に当てはまる図式である。電子書籍は多品種少量生産の少額商品であり,経営体力の小さいメーカー(この場合は出版社)の集まる電子出版市場では成立しないと考えられる。
 書籍の多くは数千部の印刷部数であり,それを千円台の値段で全国に流通させている。これを実現するには制作コストを少なくし,制作から流通,販売まで共通インフラとする必要がある。印刷本はそれを成し遂げているからこそ,多品種少量生産が可能であり,多様な文化を担ってきたのだ。
 電子出版が出版と称するのであれば,そこに出版文化の継承が求められる。ゲームソフトのように巨額の開発費がかけられるわけではない。絶版本の電子書籍化といった発想から分かるように電子書籍1点当たりにかけられる開発費は極めて少額なのだ。
 多様なファイル形式の存在を認めたままでは,電子書籍の安定的な流通を担保することができず,また電子書籍を未来にわたる共通財産とすることが困難である。どの出版社が作った本であれ,電子書籍を本や雑誌並みに普及しようとすれば,標準化は重要な課題である。なかでもファイル形式の標準化は一番重要であり,標準化されたときの市場への効果も高いものが期待される。
 会議では欧米から新たな提案もあり,参加者も増えて標準化に対して注目が集まってきている。
 折しも,松下電器に続き,米国ソニーから電子書籍専用端末の次世代版を発売されるというニュースが届いた。滞在中にベルリンの新名所,ソニーセンターで実機を見ることができるだろうか。