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『電車男』が話題である。巨大な匿名掲示板「2ちゃんねる」が生みだした物語の主人公名にしてベストセラーの書名として,説明するまでもないかもしれない。
 オタク青年が電車の中で暴漢に絡まれていた女性を助けたことから物語は始まっている。青年は彼女に好意を抱くが,恋愛経験のない彼はどうして良いか分からずネットに助言を求めた。もてないゲームマニアのオタクと少し年上のおしゃれな美人の恋物語は,ネットの好意に支えられ恋愛成就に向けてリアルタイムで進行していくことになる。
 ブームの背景には興味深い現象や演出がある。通常,読むに耐え難い罵詈雑言と不可解な用語が溢れる2ちゃんねるで,奇跡のように「好意」が連鎖したことについては,情報社会学の優れた論考がある(遠藤薫『インターネットと〈世論〉形成』)。ネットでは物語が創作ではないかという指摘も多い。さらに書籍化される段階での「純愛物語」としての編集も行われている。本は共同執筆によるノンフィクションノベルとしてでき上がったのである。

著作権の扱い

では電車男の本の著作権者は誰のものになるのだろうか。書籍化が伝わると同時に,著作権をめぐる論争も起きあがった。
 今まで2ネット投稿を書籍にした作品として,2ちゃんねる管理人・西村博之編『思い出に残る食事』や2ちゃんねる選『忘れられないラブ「過激な恋愛」投稿傑作選』がある。いずれも2ちゃんねるの著作物とされている。
 これらが投稿集であるのに対し,『電車男』は書き手の一方が電車男と呼ばれる人物であり,他方が多くの投稿者である。また,電車男が有名になったのは「中の人」が好意的な投稿を中心に編集して保存していたからである。本の著者名には中野独人とあるが,これは電車男本人と中の人と2ちゃんねる(西村博之)の共同著作物を表した名前である。
 しかし,誰かを特定することは困難であるものの,原則的には掲示板に書き込んだ一人ひとりに著作権はある。2ちゃんねるサイトにも「掲示板への匿名の投稿でも著作権は認められています」と掲げている。ただし,アスキーアートのコピーや感嘆詞だけの記述に,著作権の成立要件である創作性があるか疑問もある。

著作者人格権と著作隣接権

2ちゃんねるは,投稿者に対して著作権に関するお断りを入れている。その一文に「投稿者は、投稿された内容について、掲示板運営者がコピー、保存、引用、転載等の利用することを許諾します」「また、掲示板運営者に対して、著作者人格権を一切行使しないことを承諾します」がある。
 中の人が独自に出版したのならば投稿者の権利主張も認められるところだが,今回の例では2ちゃんねる管理人が書籍化にかかわっているため法的な問題はないだろう。ただし「著作者人格権を一切行使しない」と断りをいえることに,強い強制力を伴うかは議論の余地がある。人格権は絶対的なものであり,他人によってそう簡単に抑制されるものではない。
 また,書籍の奥付に「2ちゃんねる上における各投稿者の著作権自体は放棄されていませんが、一次著作者の特定及び証明が困難であること、ネット上の匿名共有リソースであり、基本的に連絡先不明の投稿であることから、著作隣接権者である2ちゃんねるに許諾を得ることで使用しています」とある。しかし2ちゃんねるに著作隣接権はない。
 著作隣接権には実演家の権利,レコード製作者の権利,放送事業者の権利,有線放送事業者の権利があるが,2ちゃんねるは,そのいずれでもなく著作隣接権者にはならないのである。
 ネット作品の書籍化が盛んなだけに著作権の所在を明確にする必要がある。