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(社)ビジネス機械・情報システム産業協会・電子ペーパー懇談会では,昨年度,電子ペーパー概念のとりまとめや,ワーキンググループに分かれて国内外の関連市場動向の調査,視読性の実験などを行ってきた。僕もメンバーとしてユーザーニーズ調査や普及シーンの想定などに携わってきた。
 1年間の活動報告を兼ねて,「電子ペーパーシンポジウム」が開催された(詳細は,本誌●頁参照)。シンポジウムは第1部が各ワーキンググループの活動報告で,第2部がパネルディスカッション。僕は活動報告とともにパネルディスカッションの司会と,ちょっとあわただしい一日だった。

新聞社と電子ペーパーの出会い

パネリストの一人として,服部桂さん(朝日新聞社総合研究本部主任研究員)に参加いただいた。科学部記者としてMITメディアラボへ研究者として派遣されたこともあり,マクルーハン再ブームの立役者の一人でもある。
 そのほかのパネリストもメンツがそろっていて,発言のバックボーンもメディア論,情報デザイン,情報リテラシー,画像技術と話題も多岐にわたり,司会していても楽しいものだった。
 なかでも電子ペーパーの登場は社内的にも衝撃が大きかったと語り始めた服部さんの話は,紙メディアの将来について示唆に富んだ興味深いものだった。
 かつてMITメディアラボの研究発表会で電子ペーパーの基礎研究を見たという。それは後にスピンアウトしてE-INK社をつくる研究者によるものである。最初の印象は,「新聞はヤバイ」だった。帰国後,さっそく当時の「サイアス(科学朝日)」に記事を書いたところ,社外よりも社内が強い反応を示し,上司や社のトップから「新聞社はこのままで大丈夫なのか」と質問攻めにあったという。

紙に基づくビジネスモデル

新聞社はニュースを運ぶ媒体としてかなりコンサバティブに「紙」にこだわっている。確かにニュースをマス・デリバリーするには,紙に刷って配るのが今でも一番安く,早く効率的である。そのために新聞社は輪転機を社内に抱えた装置産業である。また運送部門や全国の新聞配達店を系列化した配送部門を抱えている。
 出版社が机と電話でできるといわれる零細企業なのに対し,新聞社は記事の取材から印刷,配送まで,つまり上流から下流までおさえた巨大産業である。巨大がゆえに急激な環境変化に対応が困難であり,恐竜のように死滅するのではないかという危機感がある。
 それだけに電子技術に対しては積極的に取り組んできてもいる。ファックスを最初に実用化したのは新聞社である。服部さんの話では,電気通信事業法が改正されたときは,新聞社もやるべきである,という点で異論はなかったという。キャプテンシステムにも取り組んだが,新聞ビジネスに少しの影響も与えないままに終わっている。新聞社は新聞紙ビジネスに首まで使っているのである。
 今では忘れられているが,新聞は「新しく聞く」と書くように本来は‘News’の訳語として明治期につくられた造語である。当時ニュースは新聞であり,そのニュースを紙に印刷したからニュースペーパー(新聞紙)なのだ。ところがラジオやテレビ報道がある現在,新聞といったら紙以外を想像することはできない。
 結局,新聞社は報道産業としては電子メディアを利用すべきであると分かっていても,紙メディアの配信をビジネスモデルにし,巨大装置産業である今では急に舵を切れないのである。服部さんは「今日は上司が何人も来ているから本音は言わない」と笑わせながら,どのような通信メディアを利用しようと「報道の使命を堅持できるか問われている」とまとめた。新聞の将来はそうかもしれない。しかし,新聞社ビジネスの終焉が本音ではないだろうか。