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IEC(国際電気標準会議)の「マルチメディアとAV機器及びシステム(TC100)」におけるAGS(戦略諮問会議)が,5月18日にコペンハーゲンで行われた。TC100における次のプロジェクトを検討する会議で,ぼくの役目はeブックの標準化提案であった。
 というと,ちょっとかっこいいのだが,かつて英検3級を落ちて以来,入試英語以外は避けてきた身である。英語の発表と質疑応答はかなりハードルが高い。無事終えることができたのも,日本から参加した他のメンバーの助けを全面的にお借りしたからである。あとは,夜10時近くまで明るい北欧の歴史的街並みを眺めながら,地ビールを楽しんだ。

多様なeブックファイル形式

現在,電子書籍のファイル形式とそのリーダーはかなりの種類が出回っている。文字系コンテンツでは,メールなどで配信されているプレーンテキストが一番汎用性は高いが,著作権保護が困難であり組版情報や文書構造を持たすことができない。構造化文書としてはXMLベースのXMDF,ドットブック,凸版印刷「Bitway-books」でのbj2がある。画像も対応したのではAdobe eBookにも対応したPDFが普及しており,さらに「10DaysBook」のマンガコンテンツ用であるebi.j形式,「電子書店パピレス」での写真系のデジブック形式,さらに「電子書店パピレス」や「青空文庫」などで利用されているエキスパンドブック,『現代用語の基礎知識』CD-ROM版に利用されているKacis Bookなど枚挙にいとまがない。そこに加えて今回のソニーBBeB形式である。
 これほど数多くては出版社,ベンチャー系のコンテンツプロバイダーや販売サイトにとってはたまったものではない。どれも決定的なファイル形式が存在しない中で,一つのコンテンツをファイルフォーマットの数だけ制作しなければならない。何よりも読者に負担を強いるばかりである。
 一方,紙の出版物は多少のサイズの違いを越えて流通が可能である。どの出版社が作った本であれ,誰でもが読めるという完璧な標準のもとにある。電子書籍を本や雑誌並みに普及しようとすれば,標準化は避けて通れない。

文化継承のための標準化

本の多くはせいぜい千部から数千部の少ない方で,それを千円ちょっとの値段で全国に流通させることで成り立っている商品である。これを実現するには制作コストをなるべく少なくし,制作から流通,販売まで共通インフラとする必要がある。印刷本はそれを成し遂げているからこそ,多品種少量生産が可能であり,多様な文化を担ってきたのだ。
 電子出版と呼ぶのであれば,なによりも出版文化の継承があるはずであり。絶版本の電子書籍化といった発想から分かるように電子書籍1点当たりにかけられる開発費は極めて少額である。ゲームソフトのように巨額の開発費がかけられるわけではない。
 多様なファイル形式の存在を認めたままでは,電子書籍が学術文化を担うメディアとして読者に受け入れられることはないだろう。なによりもファイル形式を統一しなければ,電子書籍を未来にわたる共通財産とすることが困難になる。
 奈良時代の百万塔陀羅尼経は世界最古の印刷物として今日に伝わっている。一方,90年代に現役だった5インチフロッピーディスクも,いまやドライブ装置を探すのも困難になってきた。またワープロ専用機のデータをもらって,読み出せなくて困ったことも多い。ハード環境を継承するだけでも困難な上に,多種にわたるリーダーが必要になるファイル形式が混在しているのです。もしかして21世紀初頭は,のちの時代に文字情報が伝承されない文化史の空白期間となる不幸な事態になりかねない。