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昼休みにコンビニへ行くと,雑誌コーナーの前は立ち読みする学生やサラリーマンで占拠されている。二重三重になって立ち読みする人々で,目当ての雑誌には手が届かない。休み時間の暇つぶしを兼ねているとはいえ,特集記事や発売日にあわせ連載漫画を読みに来ている人も多いようである。
 「通行のじゃまにならないように願います」という掲示はあるものの,書店と違いストレートに「立ち読みお断り」と掲げた張り紙はない。雑誌は集客効果も高く,痛し痒しなのかもしれない。

デジタル万引き”の横行

お金がなくても読書欲と時間だけは有り余るほどにあった10代の頃は,書店に日参して何冊も読破していた。新刊点数が増加を開始する70年代に高校生だった僕らにとっては,本を丸ごと立ち読みすることは当たり前のことだった。
 立ち読みの経験は誰でもあると思うが,万引きとなると違法行為で話は別である。では,店頭の雑誌をメモする行為はいかがだろうか。以前は,情報誌からメモをとる若い人たちの姿をよく見かけた。「メモをとらないでください」という書店の張り紙も見たことがある。
 メモの延長上にあって,最近,書店で問題になっているのが“デジタル万引き”である。カメラ付きの携帯電話を使って,店頭にある情報誌などの必要箇所だけ写し取っていくのである。朝日新聞記事(8月8日付け)は「旅行関係やタウン誌,就職情報誌が頻繁にとられる。販売部数への打撃は想像もできない」といった書店の声を紹介している。
 日本雑誌協会では「店内で,カメラ付き携帯電話などを使って情報を記録することはご遠慮ください」と書かれたポスターを作成したところ,書店の希望が殺到して1カ月で用意した3,3000枚がなくなったという。

著作権侵害にはあたらないが

何でも気楽に撮影する彼らにすれば,当然の行為かもしれない。またインターネットで無料情報を入手することに慣れており,細切れの情報の寄せ集めにすぎない雑誌記事から情報を入手することに罪悪感を感じないのだろう。
 迷ったとき,コンビニによって道路地図を確認したことが何度かある。さすがに後ろめたくてメモをとらず,一生懸命記憶することになる。メモリする箇所が脳ならば単なる立ち読みで“アナログ万引き”とはいわない。メモ帳でも道義的な問題はあるが万引きではない。それがICへのメモリになったのである。デジタル“万引”というのには,ネーミングの妙に感心はするものの,やはり立ち読みの延長ではないかと思う。
 コピー機が普及し始めた頃,書店に置かれたセルフコピー機の前に「未購入の本をコピーしないでください」といった張り紙がよくあった。本の所有者(書店)に断りなく頁単位でコピーするのであるから,ここまでくるととがめられても仕方がない。
 一方,デジタル万引きがコピーするのは紙面の一部にすぎない。文化庁著作権課の解釈でも,コピーを配布したりせず,私的利用の範囲ならば著作権侵害にはあたらないという。

魅力ある企画を2本立てろ!

週刊誌の世界では,読者が読みたいと思う記事が1本だと立ち読みで終わるが,2本あれば購入する,といわれている。雑誌が企画記事で読ませるのではなくコラム中心となり,広告と連動したカタログ雑誌やイベントをレイアウトした情報誌が売れるようになって久しい。雑誌の主流の流れ着く先は,インターネット情報に取って代わられるだけだったのである。
 おそらくデジタル万引きを禁止したところで,情報誌の売り上げが伸びることはないだろう。デジタル万引きはインターネットが普及した今,情報誌の役割が終わりつつある象徴なのである。