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今年の4月,東京国際ブックフェアに間に合わせるかのように,松下電器産業からeブック読書端末「ΣBook(シグマブック)」が発表された。見開き2枚の対になった液晶ディスプレイからなり,ボタンの数が少ないので,PDAのような印象はない。
 ディスプレイには,一度表示した画面をほとんど消費電力をかけずに維持できるコレステリック液晶を用いている。解像度は印刷物と同じ程度の180dpiで,反射光で読む。単3電池2本で3~6カ月もつという。最先端技術を用いて,一生懸命本のまねをした電子機器といったところである。
 ニュースリリースには「マンガの吹き出し文字もストレスなく読むことが可能」とある。

繰り返される言説

ΣBookのコンセプトはとても明白だ。電子出版市場をブレイクし,読書端末を普及させるために「限りなく本をまねる」ということである。紙と同じ解像度,反射光での読み,なによりも“見開きの実現”。
 本は例外なく見開き2頁で読みます。だから読書端末も見開きにしなくてはいけません,といった“へ理屈”は20世紀末に行われた電子書籍コンソーシアム実証実験から繰り返されてきた。その意味でΣBookは,電子出版関係者の悲願達成ともいえる。
 なぜ,見開きにこだわるのか。「マンガを読むため」という説明も何度となく聞かされてきた。書店のサンプル調査(日販)によると,マンガ週刊誌を含む雑誌の売上げが36.5%,単行本コミックが18.2%。仮に一番売れているコンテンツが市場を引っ張るとすれば,eブックのキラーコンテンツはマンガになる。

紙でしか成立しないマンガ

日本人なら誰だって,マンガ雑誌を開くと反射的に右上のコマに視線がいき,左下に向かって読み進めていく。一方,アメリカンコミックスは左上から右下に向かって読む。マンガをアメリカに売り込むため,彼らの読書習慣にあわせて裏焼きにすることもある(日本人はみんな左利きだと思われた,というオチがある)。
 逆説的な見方だが,「見開き2頁でなければマンガではない」とすれば,そもそも液晶ディスプレイで表示した段階で「マンガではない」ことになる。表紙デザイン,紙質,インクの色,厚さ,角背か中綴じなどの製本様式。いくつもの要素の組み合わせにより少年マンガ誌,青年コミック誌,女性コミックが特徴づけられている。パッケージとコンテンツはもともと不可分の関係にあり,極論すれば「印刷物」を読む行為の中で,はじめて「マンガ」というメディアになっている。このとき,紙との親和性は無視できない。
 この点に関し,本誌「わたしの印刷手帳」(尾鍋史彦)の前月号に次の記述があった。「現在は技術とそれがもつ経済性に強く依存した印刷メディアの未来予測が大手をふってまかり通っているが,欠けているのはメディアの人間との親和性という問題である」。
 コンテンツのネット流通は,インターネットが生んだ神話として盛んに喧伝され,さまざまなビジネスが試みられている。だがコンテンツはメディアと分離しては読者の前に存在し得ない。
 文字コードデータとして送られているeメールは,ディスプレイに表示したり,紙にプリントアウトするしか読むことはできない。映画には映画の,テレビドラマにはテレビドラマの作法があるように,紙と親和性の高いマンガをディスプレイで表示した段階で,すでに“別の何か”なのである。