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年末は今年の十大ニュースを決める季節でもある。明るいことも暗いことも含め,一年を総括して新年を迎えたい気分だが,出版界のベストスリーの常連は「マイナス成長」という暗いやつである。今年も残りわずか。奇跡でも起きない限り出版販売総額6年連続前年割れは間違いない。
 ところが奇跡が起きたのだ。ハリー・ポッターシリーズ第4巻「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」は,上下巻セット販売で初版230万部が1週間ほどで完売。書籍の年間販売額は1兆円を下回っているから,これだけで1%以上を占めるという奇跡以外のなにものでもない。

縮小を続ける出版市場

それでも前年割れが大である。世の中は90年にバブル経済が崩壊しマイナス成長時代に入っている。しかし出版界はその後も売上げを伸ばし続け96年にピークとなった。当時,出版界は不況に強いと信じられていたが,これこそバブルな幻想であった。
 バブル崩壊後に売上げが伸びた理由の一つに大型書店の出店ブームがある。テナントが撤退して空いたビルが大型書店を格安の家賃で誘致したのである。書店の床面積が増えれば出版物の店頭在庫が比例して増えるわけで,結果的に出版不況の傷をより深くした。今は80年代末の売上げ水準に戻っている。20才代以下の読者人口が減っているのだから,出版界の売上げは今後も減るだろう。
 ではITが不況打開に役だっただろうか。人々はeBookに携帯電話のような爆発的な新市場創出を期待したが,線香花火にもなっていない。もちろんDTP導入により組版の内製化やeコマースによる取引改善はある。最近,書籍全点にICチップを埋め込む計画が発表された。万引き防止や印刷部数の適正化に期待されている。
 でも出版は紙に印刷した書籍と雑誌を最終商品として成り立つ市場である。本の製造技術は印刷業にゆだねて成立しているだけに,直接的なコストダウンはない。逆説的であるがeBookがニッチな売上げにとどまっているから,取次と書店を含む出版産業は生き残っているのである。

牛丼・コンビニ・印刷業

では,印刷業はITの普及で良いことがあっただろうか。3Kの職場から,きれいな工場に変わった。コストダウンも間違いない。活版印刷からCTS,DTPと進むことで,人件費の大幅な削減と技術者の習熟速度を速めることができた。でもデジタル化によるコストダウンメリットを価格競争に反映したのは明らかに失敗である。僕の編集する数式と図版,表組みの多い理工学書でも,かつて1頁あたり3000円近かった組版代が今では半分以下である。
 そもそもデジタル技術の進歩は平準化の道でもある。どこの会社で誰がやっても同じ品質で差がでない。アジア諸国のアナログビデオデッキが品質面でも価格面でも日本に追いつけなかったのはミクロン精度のヘッド技術の違いだと聞く。ところがDVD再生ビデオではあっという間に安い中国製品が出回っている。光ピックアップを除きほとんどがIC化されたデジタル回路だからである。
 職人がいらない技術分野ほど平準化も陳腐化も早い。かつては違った。活字も違い,組みや刷りなどの品質と値段には,それなりの相関関係もあった。数式やカラー印刷なら絶対的な評価のある印刷会社があった。今はどこの印刷会社でも区別はない。印刷会社を決める要素は,値段と納期だけである。「安く」て「早い」だけが「売り」では牛丼屋やマクドナルドと一緒である。あとは出力センターと同様に24時間営業にしてコンビニ化の道を歩むしかない。
 デジタル技術は印刷装置の減価償却速度を追い越してしまった。わずかな資本で組版,刷版ができる時代に入りデジタル印刷技術の職人技はあるのだろうか。