科学技術と教育を出版からサポートする

8月下旬,ソウルを訪問した。日韓中大学出版部協会合同セミナー参加のためである。緯度で見れば仙台に近く,もう少し涼しくても良さそうだが,体感的には多少しのぎやすい程度だろうか。アジアのハブを目指して開港された仁川空港に着くと,キムチの匂いが歓迎してくれる。成田空港に着いた外人が「醤油くさい」というのと同じで,この手のことは訪問者しかわからない。
 ソウル訪問はサッカーワールドカップ開催を挟んだ昨秋に続き2度目である。97年末の経済危機から脱却をはかりつつある韓国にとって,サッカーの活躍は町に活気をもたらした。明らかに街をいく人々の顔つきが違う。もはやワールドカップが昔のことになった日本とは違って,今でも興奮さめやらぬ,という感じである。

紙の出版回帰

ただ,熱意はあっても出版不況は相変わらずのようである。昨年の大学出版合同セミナーでの韓国側の発表は「eBookで出版不況打開」とばかりに,ITについてアジアにおける韓国の優位性を強調する話ばかりであった。
 ところが面白いことに今年は一転して,紙の本作りの重要性を強調する発表が続いた。特に,不毛な過当競争を繰り返しているオンライン書店の現状や,電子出版の挫折を指摘した朱弘均(チュ・ホンギュ)建国大学校出版部長の発表には,韓国の出版人からも質問や反論が寄せられた。これには政府の出版支援策が背景にある。

オンライン書店と図書定価制

この数年,韓国のオンライン書店の割引率は30%を上回り,時には半額セールといった,ダンピングともいえる激しい値引き競争を繰り返してきた。韓国には日本の再販制度に匹敵する図書定価制が存在しているが,読者は大型書店だけではなく中小の一般書店に対してもオンライン書店同様の割引を要求し,出版社の収益にも影響を及ぼした。この結果,資金力のない中小書店は倒産や廃業に追い込まれた。2001年末には書店数は2600余軒と1997年より半分以上減っている。
 事実上,従来の公正取引法のもとでは図書定価制を維持できないことから,韓国国会では新たに議員立法で「出版及び印刷振興法案」を7月31日に可決し,来年より施行することになった。このことで発行日から1年以内の新刊書は一般書店での割引販売が禁止され,オンライン書店では定価の10%以内に限り割引販売が認められる。もしこれを破った場合は,300万ウォン(約30万円)以下の過料が科せられる。
 この法案は,図書定価制の弾力的運用を促すことで,オンライン書店の特徴を維持しながら,一方で定価の完全崩壊を阻止しようという苦肉の策でもある。今や出版市場の10%以上を占める韓国のオンライン書店であるが,これにより今後の成長は鈍るだろう。ただ,一般書店や過当競争で疲弊したオンライン書店が安堵したことも事実のようである。

いずこも同じ複写問題
このほか,法案では割引の制限のほかにも,大学街での学術書の不法コピーの禁止や,出版社が自らの本を買い占めることで人為的にベストセラーを作り出す行為の禁止など,出版流通の秩序回復の規定も盛り込まれている。
 特に不正コピーは,日本よりもさらに市場の小さい韓国学術出版界にとって深刻な問題となっている。何しろ講義を聴く学生が40人を超えても,実際に売れた教科書はただの数冊という話すらある。その原因が不正コピーというのでは日本より状況がひどい。しかも,韓国では学生によるコピーよりも複写業者の不法行為が横行しているのである。
 法律による抑制もあるが,本質的には国民の著作権意識の高まりを待つしかないのは,日本と同様である。