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日本でも美術館や交響楽団で知られるボストンは,市内に多くの大学が点在するアメリカでも有数の学園都市である。また隣接するケンブリッジはマサチューセッツ工科大学(MIT)やハーバード大学がある研究都市でもある。ボストン市街には歴史的な建造物とモダン建築が調和を描き、そこからチャールズ川を渡るとMITの都市型キャンパスが広がっている。
 何度か(第31,32回)このコラムで取り上げたMIT OCW発表から,ほぼ1年。ウェブサイトでかなりの情報公開をしているとはいえ,詳細まではわからない。どんなシステムで公開するのか。開発費はどう工面するのか。そもそも全講義の無料公開などという大それたことを誰が考え出し,本当に全教員の賛同を得ているのか。聞いてみたいことばかりである。

授業ではなく教材の公開

訪れたコンピュータ研究部門で,OCWのチームの一人であるロング博士と,OKIプロジェクト担当のメリーマン先生が出迎えてくれた。日本ではOCWの話題ばかり伝わっているが,学習管理システムのオープンソースを目指すOKI(Open Knowledge Initiative)もかなり大がかりな動きである。OKIはOCWの理念に即した技術とソフトを自ら作り出すプロジェクトであり,ふたつのプロジェクトは車の両輪のように計画実行されている。
 実際に訪ねてわかったことは,OCWは授業の公開ではなく教材の公開であり,その公開方法も含め,すべてはこれからだという。日本へも一部誤解されて伝わっているが,決して全授業をストリーミングビデオによりオンデマンド配信する訳ではない。
 オフホワイトのスーツに赤い蝶ネクタイとおしゃれなロング博士は,冒頭,「OCWはとてもシンプルであるが,決して起こりそうもないことを始めた初の試み」と切り出した。このプロジェクトを推進する理由は大きく三つある。
1)授業を「公開」することで,様々なアドバイスをもらい,よりよい教育を行えること。
2)「共有」することで,世界的に高等教育の質を向上させることができること。
3)インターネットを商業的にではなく,本来的な知的インテリジェンスの発展に貢献させること。

無料公開に至るドラマ

著作権を保護することではなくフリーにすることで教育と研究に貢献したい,という彼らの願いは,実際のところプロジェクトの最初からあった訳ではない。むしろビジネスとして検討されフリーという結論に達するプロセスこそ,極めてドラマチックである。それは自由な競争社会のアメリカが,一方で,平等なチャンスを保証する健全な精神の証でもある。
 MITがインターネットによる生涯教育プロジェクトの検討を開始したのは2000年春。当時,ネットバブルが最高潮に達し,eラーニングは強力なキャッチフレーズとなっていた。財務面で実行可能で,かつ永続的なビジネスを条件に検討が開始されたものの,すでにコロラド大学やコーネル大学が事業を開始しており,出遅れた上に先行大学からも苦しい台所事情が伝わってくる。
 そこに決定的な調査結果が報告される。自分の授業を公開している60人の学内教官にインタビューしたところ,全員が「自分たちの教育の質向上のために行っている」とし,ビジネスではなくボランティアでかかわっていると回答したのである。講義の質を継続的に向上することが教員の当然の責務である,という基本原則が再確認された。検討メンバーの間からフリーというアイディアが誕生した瞬間である。
 「日本の高等教育への懸念は,教官がたびたび大学ビジネスを口にすることである。しかし,教育者はまず教育を語るべきである」とは,OCW提案チームの宮川繁教授の言葉である。日本の大学人はOCWの理念に耳を傾けてほしい。