科学技術と教育を出版からサポートする

 「著作権を保護することではなくフリーにすることで教育と研究に貢献する」というMITの願いは、プロジェクトの最初からあった訳ではない。
 むしろビジネスとして検討されフリーという結論に達するプロセスこそ、極めてドラマチックである。それは自由な競争社会のアメリカが、一方で、平等なチャンスを保証する健全な精神の証なのだ。

 MITがインターネットによる生涯教育プロジェクトの検討を開始したのは2000年春。当時、ネットバブルが最高潮に達し、eラーニングは強力なキャッチフレーズとなっていた。財務面で実行可能で、かつ永続的なビジネスを条件に検討が開始されたものの、すでにコロラド大学やコーネル大学が事業を開始しており、出遅れた上に先行大学からも苦しい台所事情が伝わってくる。
 そこに決定的な調査結果が報告される。自分の授業を公開している60人の学内教官にインタビューしたところ、全員が「自分たちの教育の質向上のために行っている」とし、ビジネスではなくボランティアでかかわっていると回答したのである。講義の質を継続的に向上することが教員の当然の責務である、という基本原則が再確認された。検討メンバーの間からフリーというアイディアが誕生した瞬間である。
 一方、出版社は「知」を本の形に編集し、流通させることで成り立ってきたビジネスだ。商業的行為を続ける中で、「情報」流通の役割を担ってきた。日本の高等教育で利用されている教材、教科書に限ってみても、教員が授業のたびに制作し配布するプリントよりも、圧倒的に商業出版社の発行によるものが多い。実際、雑誌を発行しない専門書出版社の多くは教科書の発行を大きな収入源としている。
 「知のフリーウェア化」が健全な出版活動を阻害し、結果的に教科書の供給を滞らせることにつながりはしないだろうか。
 これに対してOCWの提案者の一人である宮川繁教授は、筆者の質問に答えて「お金を払った方が役に立つものが得られるというのは、産業社会の作った美徳である。インターネットにおける情報が無料であることは、困ったことでもある。なぜなら良いものができない。インターネットはeコマースとか特殊な情報を得るとかに限られ体系的な知識は得られない。」とした上で、OCWはインターネットにおける体系的知識の提供や事業の継続性も考慮した「良いものを無料にする」初めてのプロジェクトだという。
 OCWが出版社の存在を否定しないまでも、「21世紀型情報発信のかたちとして理想的である」と確信しているのである。紙による出版が、20世紀後半までに完成され、世紀末に行き詰まってきたのもまた事実である。現状におけるアメリカの大学教科書事情を次回以降みていきたい。
 いずれにせよ紙からインターネットへと舞台は回ったのである。この舞台で踊るか否かは出版社が問われているのであり、「新たな知の流通」という幕はすでに上がっているのである。