科学技術と教育を出版からサポートする

 DTPは出版物を作る過程において,紙製品となる最終形の一歩手前までデジタル化を終了した。技術的な点だけを考えれば「eブックまでラスト・ワンマイル」である。とはいえ,このワンマイルの道のりは遠い。読書という行為が紙の本によって練り上げられてきた長い歴史を考えると,製造・流通コストや利便性だけでeブックがそう簡単に普及するとは考えられない。工業技術の進歩は新しいメディアの種まきはしたが,育てたのは常に社会である。
 たとえばテレビである。「テレビ」と聞いて「番組」を思わず「工業製品」と考えるのはメーカーの技術者くらいだろう。ビデオしかり,ウォークマンしかり,それらは工業製品として生まれ,知識や娯楽を運ぶメディアに育ったのである。携帯電話も今や最もホットなケータイというバケモノ的メディアだ。逆にe ブックの成功が,電子ペーパーの登場,PDAの普及,ブロードバンドインターネットといった「仕様の向上」に期待されている間は,まだ工業製品なのである。

 本は言うまでもなく文化的な存在である。eブックの将来を知りたければ,僕らが本をどのようなシーンで利用しているのか考えてみることである。そのシーンに変化があれば,それこそeブックの将来を占う予兆である。今,その変化の兆しが教育の場にある。人が生まれてから,最初に本と濃密に関わり,また積極的な利用の仕方を学ぶ場。古今東西,本抜きには成立しない場が学校である。その学校で教科書の利用に驚くような変化が始まっている。たとえば次の事例である。
 アメリカのマサチューセッツ工科大学は,全講義の教材を公開する壮大な計画「オープンコースウェア(OCW)」を進め,今秋,いよいよ一般公開が始まる。一方,学内無線LANと電子的教材を導入した東京電機大学の新設学部では,学生が購入する教科書は,1人あたりわずか3冊。既存学部の半分以下だ。
 この二つの事実に共通するのがネット環境とデジタル教材の存在である。思えばワンマイルを最初に越えてきたのは電子辞書ではないか。読者は紙の辞書よりも電子辞書を選び始めている。社会人から大学生の中心利用者層は,今後,高校,中学と低年齢化していくことだろう。学校では否定的な電子辞書の利用であるが,間違いなく積極的な導入利用が始まる。
 それには電卓という良い先例がある。普及し始めた当初,暗算力が落ちるとして数学教育では全面否定であった。それが今では電卓計算の全国大会があり,「電卓甲子園」といわれて学校をあげ取り組むほどである。教育界では知識の暗記から,知識を利用する力(リテラシー)を問うことに移行している。教育の変化と同期して,電子辞書の普及が進んでいる。
 デジタル教材で学び,電子辞書を利用する読者。近い将来,本の中心購読層となる彼ら,彼女たちは今どのようなデジタル環境で学んでいるのか。その変化は,出版にとってカナリヤの警告かもしれない。耳をそばだてる必要がある。