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eラーニングと「本」の将来 eラーニングと出版ビジネス E-Learning and the Publishing Business

 2001年10月25日から行われる第10回国際出版研究フォーラムの発表予稿です。第10回は韓国出版学会主催で国際交流基金の助成を得て,ソウルアカデミーハウス国際会議場にて開催されました。

 なお,この発表当日の討議を受けて一部修正と引用を明示した論文が,日本出版学会編『出版研究32号』に掲載されました。この論文を紹介します。

抄録
 IT先進国のアメリカは,eラーニングがブームとなっている。特にインターネットを利用したWBTは,企業研修や高等教育への利用が注目されている。一方,出版界ではeブックが話題である。本発表では本の持つ基本的役割を「調べる」「学ぶ」「読む」とし,電子出版における「調べる本」,つまりリファレンス類のデジタル化に続く分野として,「学ぶ」ための本,eラーニングにおける教科書(eテキストブック)を取り上げる。
 eテキストブックが,今後どのような発展をするのか。そこに求められる紙の本の要素とデジタルコンテンツの特性とは何か。また授業にどのように組み込まれ利用されていくのか。さらに,eテキストブックにおける出版社の役割や著作権について,市場動向と電子書籍の本質を検討しつつ,問題点と課題を整理提案する。

Abstract
E-learning is booming in the United States, a global leader in the realm of information technology. The application of web-based training (WBT) to company training programs and university education has drawn much attention and e-books are currently a hot topic in the publishing industry. In this presentation, the basic functions of a book are defined as “referring”, “learning” and “reading”, and the subject of e-textbooks for online courses is explored as a natural sequel to the digitalization of reference books in electronic publishing.

Topics addressed include future prospects for the development of e-textbooks, characteristics derived from traditional paper textbooks and those that are unique to digitalized content, and the use of e-textbooks in classes. In addition, I will discuss the problem of copyright and the role of publishing companies in e-learning in consideration of market trends and the nature of electronic books, and present several proposals concerning the same.

1.eラーニング,バーチャル大学とeテキストブックとは

 教育のIT化は日本にも及び,昨年頃より語学,資格,情報リテラシーを三本柱にeラーニングが急速に普及している。eラーニングとはコンピュータを学習端末にし,CD-ROMやインターネットにより学習教材を配信する教育システムを指す。特に最近注目されるのは,インターネットの発達により遠隔教育が容易になり,企業を中心に広く社員研修に利用されているためである。なかでもインターネットやイントラネットで教育コンテンツを配信し,ウェブにより学ぶ学習システムをWBT(Web-based Training)と呼び,さらにインターネットを利用した遠隔教育を行う中で,通学制の大学と同じ単位認定制度のある高等教育機関を「バーチャル大学」と呼んでいる。
 eラーニングが普及することは本の利用環境が変化することであり,本そのものの変化を意味する。実際にバーチャル大学ではデジタル化されたコンテンツが教材として主に使われており,このことが教科書の本質的な変化を強く促す事は明らかで,新しい教育方法論とともにコンテンツ制作システムや編集手法を編み出しつつある。この結果,教育機関における紙の教科書は相対的に減らざるを得なくなっている。
 ここで昨今話題となっているeブック(電子書籍)のうち,eラーニングの教科書を「eテキストブック」と呼ぶこととし,その将来性について,まず検討してみたい。
 現在のeブックでは,小説がコンテンツの中心である。しかし,小説やエッセイといった文字を通読することで物語世界を体験する読書行為に,デジタル化によって新たな体験や感動が加味されることはない。小説は多様な本の一分野にすぎない。このような物語を体験する行為を狭義に「読む」とすれば,本には他に「調べる本」や「学ぶ本」がある。つまり本の持つ基本的役割は「調べる」「学ぶ」「読む(狭義)」の三大機能に分類することができる(1)。
 「調べる」本では,電子データであることが優位性を持っている分野として,学術データベースや学術電子ジャーナルがあげられる。一般書の分野でも百科事典(Encyclopedia)は紙からマルチメディアCD-ROMへ移行し,辞書(Dictionary)は同様にIC電子辞書やネットワーク利用へと移行し,最近では携帯電話によるウェブ辞書の利用が高まっている。もともと検索性とデータ処理の点で,「調べる」ことはコンピュータと親和性が高い。
 電子出版に向く分野として本の役割や読書環境の変化を考慮すると,「調べる本」つまりリファレンス類のデジタル化の次には,「学ぶ」ための本,eテキストブックが続くと考えられる。

2.eラーニングの特長・市場予測と日本の課題

 eラーニングの特長としては,学習者の立場からは場所と時間の制約を受けず「いつでも」「どこでも」学べることや,最新の教材・豊富なコースが受講できることなどがある。また,企業研修で注目される点として,学習履歴が把握しやすいことや,多地点で同時に同質の大規模研修が可能で,集合研修に比べコスト削減がはかれることである。
 都市労働者は学習施設に距離的に近くとも,就労時間に制約されるため通常のキャンパス学習に参加できない。遠隔学習の「遠隔」とは,もともと遠隔地にいる学習者を想定していたのだが,物理的な距離とともに,今や時間的な距離も意味することになった。「どこでも」とともに「いつでも」学習できることが,注目される理由である。
 eラーニングをサービス形態から分類すると,まず素材提供者としては,プラットフォームと呼ばれる学習管理システムを提供するシステムベンダや,eテキストブックなど教育コンテンツを提供するコンテンツベンダがある。さらに学校や塾などのような教育主体として教育サービスベンダがある。現に資格試験予備校などが積極的に展開している。その他,関連サービスとしては,教育ポータルサイト,企業・教育機関のウェブ構築などがある。出版社のビジネスとしてはコンテンツベンダとしてロイヤルティ収入や販売収入が考えられる。さらに通信教育系出版社などが,より多くの投資を必要とする教育サービスベンダとして名乗りを上げている。
 米IDCの調査によると,アメリカのeラーニング市場は1998年より年率83%の急成長を続け,2003年に100億ドル(1兆2千億円),2005 年には350億ドル(4兆2百億円)になるという。一方,『eラーニング白書』によると日本の市場は,2003年に約1135億円,2005年には約 3100億円になると算定している(2)。
 日本では18才進学人口の減少が,新たな市場を開拓する必要となり,生涯学習市場への期待も高まっている。しかし,社会人の通学は困難であり,その結果,教育関係者はeラーニングに期待を寄せている。ただし,社会人学生・パートタイム就学の率が低いことはマイナス要因に数えられている。
 日本の大学は大学外組織の参入が困難であり,従来,保守的な教育行政に守られてきた。さらに日本語という言語の壁が,逆に国際化の遅れにつながっている。気をつけるべき重要な点として,バーチャル大学が国境のないサイバースペースに存在することから,アメリカをはじめとする他国のeラーニング企業の参入が容易なことがあげられる。すでに日本人向け英語教育などではアメリカ企業の参入が始まっている。
 また課題としては,インストラクショナルデザインの導入があげられている。ここでインストラクショナルデザイン(Instructional Design: ID)とは,誰が教えても一定品質を確保する教育の提供を目指した方法論である。日本の伝統的教育現場では,教育内容や教材は現場教員に一任されている。学習者が内容を理解しないのは学習者自身の責任とされ,教授法に対する評価がない。これに対しアメリカではIDが教育工学の課題として捉えられ研究が進んでいる。これからのeテキストブック開発はIDと密接な関係が要求される。

 eラーニングの特長としては,学習者の立場からは場所と時間の制約を受けず「いつでも」「どこでも」学べることや,最新の教材・豊富なコースが受講できることなどがある。また,企業研修で注目される点として,学習履歴が把握しやすいことや,多地点で同時に同質の大規模研修が可能で,集合研修に比べコスト削減がはかれることである。
 都市労働者は学習施設に距離的に近くとも,就労時間に制約されるため通常のキャンパス学習に参加できない。遠隔学習の「遠隔」とは,もともと遠隔地にいる学習者を想定していたのだが,物理的な距離とともに,今や時間的な距離も意味することになった。「どこでも」とともに「いつでも」学習できることが,注目される理由である。
 eラーニングをサービス形態から分類すると,まず素材提供者としては,プラットフォームと呼ばれる学習管理システムを提供するシステムベンダや,eテキストブックなど教育コンテンツを提供するコンテンツベンダがある。さらに学校や塾などのような教育主体として教育サービスベンダがある。現に資格試験予備校などが積極的に展開している。その他,関連サービスとしては,教育ポータルサイト,企業・教育機関のウェブ構築などがある。出版社のビジネスとしてはコンテンツベンダとしてロイヤルティ収入や販売収入が考えられる。さらに通信教育系出版社などが,より多くの投資を必要とする教育サービスベンダとして名乗りを上げている。
 米IDCの調査によると,アメリカのeラーニング市場は1998年より年率83%の急成長を続け,2003年に100億ドル(1兆2千億円),2005 年には350億ドル(4兆2百億円)になるという。一方,『eラーニング白書』によると日本の市場は,2003年に約1135億円,2005年には約 3100億円になると算定している(2)。
 日本では18才進学人口の減少が,新たな市場を開拓する必要となり,生涯学習市場への期待も高まっている。しかし,社会人の通学は困難であり,その結果,教育関係者はeラーニングに期待を寄せている。ただし,社会人学生・パートタイム就学の率が低いことはマイナス要因に数えられている。
 日本の大学は大学外組織の参入が困難であり,従来,保守的な教育行政に守られてきた。さらに日本語という言語の壁が,逆に国際化の遅れにつながっている。気をつけるべき重要な点として,バーチャル大学が国境のないサイバースペースに存在することから,アメリカをはじめとする他国のeラーニング企業の参入が容易なことがあげられる。すでに日本人向け英語教育などではアメリカ企業の参入が始まっている。
 また課題としては,インストラクショナルデザインの導入があげられている。ここでインストラクショナルデザイン(Instructional Design: ID)とは,誰が教えても一定品質を確保する教育の提供を目指した方法論である。日本の伝統的教育現場では,教育内容や教材は現場教員に一任されている。学習者が内容を理解しないのは学習者自身の責任とされ,教授法に対する評価がない。これに対しアメリカではIDが教育工学の課題として捉えられ研究が進んでいる。これからのeテキストブック開発はIDと密接な関係が要求される。

3.講義の著作権とMITプロジェクトの衝撃

 教員が授業のために研究室で教科書を執筆しても,伝統的にその教員の著作権が認められてきた。ではバーチャル大学における教科書の著作権は教員にあるのだろうか。すでにアメリカでは,オンライン授業の著作権を争う事件がハーバード大学で起きている(3)。eラーニングのコンテンツは法人著作物であると見なすのか,あらかじめ取り決めする必要があり,出版社にとって表面化する前に解決すべき課題である。
 そもそもオンライン授業のコンテンツは,講義なのか教科書なのか。バーチャル大学ではウェブで講義が配信されているが,それは同時にeテキストブックでもある。つまり教材とも教科書とも呼べるものであり,講義・教科書・教材のデジタル技術による一体化状況が指摘されている(4)。とすれば,オンライン授業の著作権問題は,ウェブがもたらした新たな問題といえる。
 さらに注目すべきプロジェクトがマサチューセッツ工科大学(MIT)より,2001年4月に発表された。MIT OpenCourseWareと名付けられたこのプロジェクトは,今後10年かけて,MITで行われるほぼすべての講義内容を無料で公開するというものである。2001年9月から先行実験がスタートし,最初の2年半でウェブを利用するためのソフトウェア開発と500以上の講義内容を準備し,最終的には多岐にわたる分野で2000コースの開設を目指すという(5)。利用対象は当然,MITのみならず世界中の学生や教育機関で,これにより高品質で無料の教材コンテンツが流通することになる。
 OCWは他の大学がコンテンツを公開することのモデルとなり,将来,教育のための巨大な資源ができる,とMITは考えている。しかし,単位認定も教員との交流もないOCWはバーチャル大学ではないとも明言している。MITで学び卒業証明書がほしい者は,今後とも大学の門をくぐることになり,学位授与機関としての権威を保つことで,大学ビジネスは不変である。
 一方,質の高い教科書や講義録がフリーで手に入るということは,教科書のオープンソース化であり,紙の教科書出版社が打撃を受けることになる。MITが「講義をフリーにする」と決める際に,教授会では熱狂的な賛同とともに,講義内容を有料で提供することから得られる富を手放すことはない,という反論もあったという。その富を手放すのは大学当局なのか教員個人なのか。あるいは出版社なのか。いずれにせよコンピュータプログラムのオープンソース化に対し発展的な貢献をしてきたMITの結論は,フリーと出たのである。

4.eテキストブックの開発と出版社の役割

 eテキストブックの開発にあたっては,従来の学習支援を主にした教員から,新たに教材制作の教員を分け,メディアスペシャリストとすることが必要である。メディアスペシャリストには,従来,グラフィックデザイナー,プログラマー,ウェブデザイナーと呼ばれるテクニカルスタッフが含まれている。学内メディア・センターを設置し,教員とメディアスペシャリストのコース・チームによる開発が研究者から提案されている。ただし,日本の大学における既存のメディア・センターは電子計算機センターと図書館を便宜的・リストラ的に合併させた組織が多く,今のままではこれらの要求に応えることは困難である。
 一方,今日,教育コンテンツはその大多数が商業出版社から提供されている。eラーニングの教材においても民間の企業や出版社の役割が大きいことに変わりはない。ただ出版社が担うためには出版社の業態変化が問われることになる。従来の編集者がメディアスペシャリストになるためには,ITスキルの習得はもちろんのこと越えるべき課題も多い。
 また,紙の教科書は長い時間の中で,完璧な標準化が行われている。どの出版社がどの印刷会社と組んで,どのような著作原稿を本にしても,製作,流通,利用のどの局面でも滞ることはない。同様にeテキストブックでも教育を提供するためのシステムの標準化が重要であり,日本でも先進学習基盤協議会 (ALIC)(6)が中心となって国際的な標準化策定に参加している。
 さらにシステムベンダによるデファクトスタンダードの覇権争いも激化している。そのなかでWebCTは,eラーニングのプラットフォームとして,現在,61カ国,1578高等教育機関,3万3千のコース,14万8千人の使用教官,1千百万人の学生アカウント発行と最も普及しているコースツールで,デファクトスタンダードに近いといわれている。すでに欧米では「遠隔教育よりも,対面講義を前提としているオンキャンパスコースでの講義の補完的な教材・学習環境の提供」へ移行している(7)。この結果,大学構内でもeテキストブックが使用されつつある。
 なかでも注目すべき点は,eテキストブックの流通の場となっていることである。WebCTには出版社からの直接的な有料コンテンツ提供があるだけでなく,大学教科書のオンラインライブラリーとして注目のクエスティア・メディアとサービスが統合されている。この結果,45,000点を超える本と 20,000点以上の学術論文,百科事典などがウェブで利用できる。クエスティア・メディア社(8)は2001年1月にサービスを開始したばかりであるが,すでに235社の人文社会科学系出版社と提携し,提供するeブックタイトル数は急増中である。学生は個人契約で,月$19.25で全タイトルを無制限に読むことができる。
 また,大学図書館や公共図書館にeブックを提供するオンラインライブラリーとして,一足早くビジネスを成立させた会社に,ネットライブラリー(9)が有名である。個人向けにしろ図書館向けにしろ同様なサービスが,まだ日本にないだけに各社の今後の動きが注目される。

5.eラーニングにおける出版社の今後

 eラーニングは,高度に技術的な内容や暗記を求める科目には適していない。むしろ基礎的で包括的な範囲の科目や,教材をもとに討論する科目に対して効果があるという指摘もある(10)。同様なことはeテキストブックにもいえる。
 eテキストブックがラーニングでもある以上,単に教科書を作るノウハウだけでは対応できない。教育の手法を持たない教科書出版社が,eテキストブックを作成するには従来に増して教育機関との連携が必要になる。欧米の大手学術教育出版社は,教育コングロマリットの傘下にあり,これまで通りの紙の教科書を作るとともに,講義・教科書・教材の一体化したコンテンツの制作に積極的に進出している。日本では,資金力のない教科書専門書出版社が多い中で,比較的,通信教育系出版社がノウハウを蓄積している。

 さらに従来の大学の教科書は,教員が書きためた自らの授業ノートをもとに執筆されてきた。出版社は,その教員が教える学生数を基礎票に初版部数を決めて出版している。このような従来の教科書出版のビジネスモデルは,すでに教員自らウェブでノートを公開するシステムを前に成り立たなくなったといえる。

 良質なeテキストブックを作るという点では,エディターシップを発揮する編集者の役割は今後とも重要である。しかし,実際にはよりITスキルが求められており,メディア・スペシャリストが代替していくともいえる。いずれにせよeラーニングの普及によりeテキストブックが増加したとき,伝統的に教育コンテンツ(紙の教科書)の製作を担ってきた出版社は,eテキストブックのパブリッシャーとして存続し得るか,業態変化が問われている。

(1)植村八潮「21世紀最初の10年で教科書講義の電子化が一般化する」『文化通信』2001.7.30
(2)先進学習基盤協議会(ALIC)編著『eラーニング白書2001/2002年版』2001,オーム社
(3)吉田文「IT革命の先を行くアメリカの論争」『カレッジマネジメント』No.106 2001
(4)吉田文「バーチャルユニバーシティと教科書」『大学出版』No.48 2001.3
(5)MIT OpenCourseWare http://web.mit.edu/ocw/
2002年2月の発表では,現在,20コースを制作し,2002年9月までに100コースにして一般に公開する。さらに2003年9月までに500コースを予定している。

(6)先進学習基盤協議会(ALIC) http://www.alic.gr.jp/
(7)梶田将司「WebCTの現状と高等教育用情報基盤の今後」情報処理学会第63回全国大会チュートリアル,2001
(8)クエスティア・メディア(Questia Media) http://www.questia.com/
(9)ネットライブラリー(netLibrary) http://www.netlibrary.com/
(10)倉橋英逸他『Web授業の創造』2000.3,関西大学出版部