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 大学出版部協会の夏季研修が仙台で行われたのを機会に,今年オープンした「せんだいメディアテーク」を見学した。そのあと会場で針生英一さんの講演をセッティング。というか,仙台と聞いた時点で針生さんの顔が浮かび,部会見学会のプランニングから講演まですべてお任せしてしまった。針生さんは社長として率いる会社を印刷という枠にとどめず,高齢者とパソコンをつなぐシニアネットの事務局を引き受けるなど,積極的にコミュニティに根ざしたNPO活動を行っている。IT時代の印刷会社として刺激的な存在である。
 せんだいメディアテークは市民図書館であるとともにギャラリーやスタジオなどを備えたメディア参加型施設である。チューブと呼ばれる鋼管がフロアを支えるデザイン志向の強いユニークな建物でもある。地階には針生さんらの働きで活版印刷機と鉛活字をそろえた「工場」がある。市民が参加できる活字組版のワークショップも開かれている。活字組版を知らない編集者も増えており,見学会のメインイベントとなった。

組版の秘かなルール

 普段,本を読むときは意識しないが,読みやすさと組みやすさの両面を実現するために,組版にはさまざまなルールがある。白い1枚の紙に版面という仮想の領域を決め,文字の大きさ,行間,行末処理,ルビと数え上げたらきりがない決めごとを詰め込んでいる。
 鉛活字を複雑に組み上げ,長短さまざまなインテルがその間を正確に支えている。整然と並ぶ活字群を見ていると,手の技だけでなく,長い年月の間に築かれた活字組版の技術に感嘆する。最後に凧糸で縛り上げ印刷機で紙にインクが転写されると,紙の上に残るのは文字が伝える世界だけである。もはや読者の前には重厚な鉛活字も複雑な組版技術もない。読むときは意識しないと書いたが,だからこそ完成度の高い技術であるといってよい。

透明なことと引っかかること

 コンピュータ用語にトランスペアレント(透明)という言葉がある。ソフトやハードの存在が利用者から見えない,気づかれない,つまり文字通り透明になっているという意味である。電話をかけるとき無意識に相手につなぎ,会話することができる。さらに会話が弾んだときは電話という媒体さえ忘れ話に夢中になる。これは電話がトランスペアレントなのである。技術の完成度が高いため存在が気づかれない,ともいえる。
 同様に多くの読者は,組版に高度な技術が存在しているとは気づいていない。書籍組版が凄い技術であるのに対しeブックがいかに未熟であるかを説明した際,「組版技術はトランスペアレントである」という言い方をしたことがある。eコマースを研究する大学教授が直ちに反応した。「長いeメールはディスプレイではなくプリントアウトで読んでいますが,それでも読みにくい理由がわかりました。技術の不在ですね」。考えてみれば当たり前のことだが,小説を読む時,その物語世界に没頭できるのも高度な組版技術が介在しているのである。
 物語を読むには,文字は自己主張しすぎず,レイアウトが裏に隠れる位が好ましい。一方,辞書や百科事典は調べる本である。造本設計を工夫して引きやすさ,言い換えれば引っかかる要素が必要になる。書籍と違って雑誌の紙面に要求されるのは,この「引っかかること」ではないだろうか。雑誌を頭から読んでいく人はあまりいない。パラパラめくり興味ある記事に目がとまる。タイトル,文章のレイアウト,写真,イラスト,色といったすべての要素が読者の視線をキャッチするためにある。成熟した組版の要素技術を使いながら,雑誌レイアウトは古びず,見慣れず,今であり続ける。
 eブックが読者に受け入れられるには,まだ多くの時間とエネルギーが必要である。