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大学の先生が原稿を書く場合,大抵,昼日中,研究室で学校備品のパソコンを使って書いてますよね。特に教科書の場合は,執筆に先立つ何年間の授業での成果,つまり講義ノートをもとにします(優秀な成績の学生から,自分の授業のノートを借りて,教科書の原稿を仕上げた先生も知っていますが,それは余談)。先生は教育することで大学から給料をもらっているわけです。さらに言えば本を書くことだって研究業績になるわけで,それも給料対象です。で,質問です。普通の感覚からいえば,これは「法人著作」だと思うのですが,先生は本の印税を個人的にもらっていますか?

講義と教材と教科書の一体化

パネルディスカッションの壇上,僕に質問された教授は,ここで力強く「もちろん」と答えたのである(会場爆笑)。おそらく予備校は教員の執筆に何らかの制限があるだろうし,教員の印税や講演収入を管理しているビジネススクール的な大学も例外的にはある。が,通常,大学教員が教科書を執筆し著作権者になることは教員の自由であり,日本でも欧米でも問題になることはない。
 これだけの話ならば,情報社会学の教授と僕で,ちょっと会場の笑いをとったに過ぎない。ただ,この話には続きがある。「講義の著作権は誰のものか?バーチャル大学におけるコンテンツの著作権は教員にあるのか?」という会場からの質問があったからである。教科書ならば教員のもの。しかし,教員が所属する学校以外で講義を受け持つ場合,つまり非常勤講師となる場合に大学当局の許可が必要な事も,日米の共通事項である。つまり講義は一般講演とは違い,大学の管理下にあるのである。
 そもそもオンライン授業のコンテンツは,講義なのか教科書なのか。これについてメディア教育開発センター助教授の吉田文氏は,講義とも教材とも教科書とも呼べるものであり,デジタル技術による一体化状況が起きていると指摘している。とすれば,オンライン授業の著作権問題はウェブがもたらした新たな問題となる。
 

ハーバード大学での事件

すでにアメリカでは,オンライン授業の著作権を争う事件が起きている。ハーバード大学法学部アーサー・ミラー教授が,大学で行っている講義のビデオ録画をコンコード・ロー・スクールというバーチャル大学に売ったことで,大学当局から規則違反と抗議を受けたのである。著名な法学博士として知られたミラー教授の講義ビデオは,高い商品価値を持っており,大学当局も別な講義をすでにビデオ化して販売していた。原稿料や講演収入に比して講義ビデオは莫大な売上げであり,個人収入となることに大学も見過ごせなかったといわれている。
 半年後の昨年5月,大学は「他機関でのオンライン授業も許可を有する」といった新たな指針を出すことで決着した。おそらく,これが全米大学の基本方針となっていくのではないだろうか(参照:吉田文「カレッジマネジメント106」)。
 さて,前号で報告したMIT OCWであるが「大多数の講義のコンテンツを無料配信する」と決めるさいに,ハーバード大学での事件が念頭にあったことは想像に難くない。その上でMITの教員が著作権をどう考えているのか気になるところである。事実,教授会では熱狂的な賛同とともに,講義内容を有料で提供することから得られる富を手放すことはない,という反論もあったという。
 その富を手放すのは大学当局なのか教員個人なのか。どのような議論があったのかはうかがい知れないが,プログラムのオープンソース化に対し発展的な貢献をしてきたMITの結論は,フリーと出たのである。
 OCWの発表から2ヶ月後,早くも二つの民間財団からあわせて11億ドルの寄付が決定した。MITの思惑通りである。