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eラーニングと「本」の将来 バーチャル大学とeテキストブック−教育のIT革命による教科書出版モデルの変化

はじめに:バーチャル大学とeテキストブックとは

 教育のIT化は日本にも及び,昨年頃より語学,資格,情報リテラシーを三本柱にeラーニングが急速に普及している。eラーニングとは,コンピュータを学習端末にし,CD-ROMやインターネットにより学習教材を配信する教育システムを指す。特に最近注目されるようになったのは,インターネットの発達により遠隔教育が容易になり,企業を中心に広く社員研修に利用されるようになったためである。ウェブによる学習システムをWBT(Web-based Training)と呼ぶことが多く,さらにインターネットを利用した遠隔教育を行う中で,通学制の大学と同じ単位制度を設けた高等教育機関をバーチャル大学と呼んでいる。
 eラーニングが普及することは,本の利用環境が変化することであり,本そのものの変化を意味する。実際に,バーチャル大学ではデジタル化されたコンテンツがテキストとして主に使われる。このことがテキストの本質的な変化を強く促す事は明らかで,新しい教育方法論とともにコンテンツ制作システムや編集手法を編み出しつつある。一方,教育機関における紙の教科書は相対的に減らざるを得ない。
 本論では,昨今話題となっているeブック(電子書籍)のうち,バーチャル大学の教科書をeテキストブックと呼ぶ。バーチャル大学とeテキストブックを取り巻く現状を分析し,今後予想される教科書出版モデルの変化や出版社の課題を検討する。さらに,eテキストブックが最も現実的で対応が急がれる電子出版であることを検証していく,一歩としたい。

本の機能面から見たeテキストブックの可能性

●現状におけるeブック開発
 eブックが話題であるが,出版界ではeブックにどのようなコンテンツが必要とされているかを議論せず,市場原理だけで開発が進んでいるように思える。e ブック開発において,紙の本のメタファーや市場性をそのままeブックに持ち込んだ例が多く,そのため小説やエッセイ,コミックといった分野が中心となっている。
 eブックの商品開発では,「コミックや文庫のシェア率が高いことから,eブックでも同様な市場性がある」とか,「書籍(冊子体)が見開きであることから,デジタルコンテンツも見開きで読む必要性がある」という意見を聞く。いずれも出版社都合の論理であり,読者の視点が欠落している。文庫本とは,紙の特性を生かし廉価と携帯性を実現した,多くが文字を中心とした2次的出版物である。また,コミックは,見開きの紙面による静止画で構成され,スピーディなブラウジングと可読性,さらに可搬性と読後容易に捨てられる簡便性が求められている。いずれも読書の形態や環境の点からは,紙との親和性の高いコンテンツである。

●読者の利用形態からみた本の持つ機能
 eブックの将来性について論じる際,「読める」,「読めない」といった皮相的な議論に陥りがちである。つまり,そこには読書形態や利用環境の変化についての視点が欠落している。ここでは本の持つ基本的役割を「調べる」「学ぶ」「読む(狭義)」の三大機能に分類してみる。
 「調べる」本では,電子データであることが優位性を持っている分野として学術情報データベースや学術電子ジャーナルがある。一般書の分野でも,百科事典・辞典は紙からマルチメディアCD-ROMへ移行がすすみ,さらにパッケージからネットワークへと変化している。一方,最近発表されるeブックは「読む」本が中心であり,大手出版社の試みやベンチャー系デジタル出版社が話題である。しかし,小説やエッセイといった文字を通読することで,物語世界を体験する読書行為が,デジタル化によってあたらな発見が加味されることはない。製作や流通形態は変化するが紙にまさる読書体験とはなり得ていない。
 eテキストブックは「学ぶ」ための本であり,「調べる本」つまりリファレンス類のデジタル化に続く分野といえる。

eラーニングの市場性とバーチャル大学の特徴

 「学ぶ」本の環境変化として,国内外のeラーニングの市場拡大について述べておく。

●アメリカにおける遠隔教育
 広大な国土により集合研修が困難であり,遠隔多地点を情報通信技術でつなぎ,教育・研修・会議へ利用することで,大幅な経済効果が期待されてきた。そのため,もともと遠隔教育や衛星講義が普及している。一方,1970年代より,義務教育課程の150 万人の子供が在宅学習しているといわれ,例年ほぼ同じ水準で推移している。

●eラーニングの登場 この数年間,eラーニング企業の参入が相次ぎ,そのサービス形態は,「教育コンテンツの提供サービス」,「教育ポータルサイト,書籍・知育玩具のネット販売」,「プラットフォーム(アプリケーションソフト)」,「企業・教育機関のウェブ構築」などである。

●eラーニングの特長
①インターネットにつながってさえいれば,場所と時間の制約を受けずいつでもどこでも学べる。
②集合研修に対しコスト削減がはかれる。
③ワンツーワン教育で学習履歴を把握しやすい。
④多地点で同時に同質な大規模研修が行える。
⑤最新の教材・豊富なコースを提供できる。
⑥チュータ(メンター)によるeメールを利用した指導

●eラーニングの教育パターン
 郵便,放送,衛星通信で行われてきた遠隔教育の延長上で,インターネットにより行われているともいえる。教室学習は「一地点・同期・個別教育」で「教科書」が使われる。通信教育は「多地点・非同期・個別教育」で「教科書」が使われる。eラーニングはすべてに対応している。特に,非同期の双方向コミュニケーションが可能であることが,従来の遠隔教育の技術に勝っている。

●バーチャル大学と急成長の背景
 営利法人立大学の急成長,つまりビジネスとして成立している。また,社会人教育・生涯教育の伝統的背景があり,学位の取り直しが就業につながる。実際,大学在学生のうち25才以上が41%占めている。また,NII構想の時から「教育」は戦略的商品であり,高等教育のインターネット利用を組み込む。
 アメリカにとってマーケットは世界中である。日本を中心としたアジア向け英語教育が本格化し始めた。

●アメリカの高等教育機関における遠隔教育プログラム
 遠隔教育実施校(Peterson’s College Guide)は93校 (1993)→762校 (1997)→880校 (2000)。
 遠隔教育の学習者数(IDC:1999/2)は,1300万人中,71万人(1998) → 220万人(2002)。また,同資料によると何らかの形で実施している2 年生大学58% (1998) → 85% (2002),4 年生大学62% (1998) → 84% (2002)。
 インターネットコースを提供している機関(Primary Research Group, Inc. (1999))は57%。
 オンライン教育の配信技術(The Center for Education Statistics (1997, 1999))は,インターネットが14% (1995) → 77% (1997),このうち非同期58%。双方向テレビ会議は,57% (1995) → 54% (1997)。一方向録画ビデオは,52% (1995) → 47% (1997)

●日本における大学の市場変化
 18才進学人口の減少により,2007年には大学全入時代が到来すると予想されている。さらに,大学を取り巻く市場変化としては規制緩和と財政緊縮,国立大学の独立行政法人化,私学助成金の削減,大学設置基準の大綱化による自由競争時代への突入がある。結果的に高等教育のサービス産業化と市場原理の導入が進み,新設校の増加傾向となった。1990年は507校の学部等の新設であったのが,1999年には622校へと増加した。
 18才進学人口の減少→市場開拓の必要性→生涯学習市場への期待→社会人の通学は困難→eラーニングという発想により,教育関係者の期待を担っている。

●日本でバーチャル大学は成長するのか
 日本の大学は大学外組織の参入が困難であり,従来,保守的な教育行政に守られてきた。さらに日本語という言語の壁に守られていたことが,逆に国際化の遅れを生んでいる。生涯教育が叫ばれながら,社会人学生・パートタイム就学の率が低いこともマイナス要因である。課題としては,「カリキュラムの構造化」,「科目のシラバスの設計」,「教育目標と評価法」「インストラクションデザインの重要性」があげられる。さらに,学習効果は上がるのかといった基本的な疑問や,学生のモチベーションの維持,ドロップアウトに対するはどめ,学生の社会化をどうはかるかなどが研究者によって指摘されている。実際運営すると予想以上のコスト負担増であり,さらに教員やサポートスタッフの人件費増もある。

バーチャル大学における教科書・教材の制作と出版社の役割

 教材制作にあたっては,教材制作教員と学習支援教員の分化,つまり従来にない教育スタッフとして,メディア・スペシャリストの存在が必要とされています。学内メディア・センターを設置し,教員とメディア・スペシャリストのコース・チームによる開発が研究者から提案されている。
 しかし,今日,教育コンテンツはその大多数が商業出版社から提供されている。バーチャル大学の教材においても民間の企業や出版社の役割が大きいことに変わりない。ただ出版社が担うためには出版社の業態変化が問われることにもなり,越えるべき課題も多い。また,教材開発のプラットフォームの標準化が重要となる。

●プラットフォームの普及例WebCT
 梶田将司「高等教育における情報通信活用のトレンド」によると,WebCTは,eラーニングのプラットフォームとして,現在,61カ国,1,578高等教育機関,303,000のコース,148,000人の使用教官,1,100万人の学生アカウント発行と最も普及しているコースツールで,デファクトスタンダードの位置に最も近いといわれる。すでに欧米では「遠隔教育よりも,対面講義を前提としているオンキャンパスコースでの講義の補完的な教材・学習環境の提供」へ移行している,と指摘している。
 一方,出版社として注目すべきは,デジタルコンテンツの流通の場となっていることで,出版社によるデジタルコンテンツの提供は,すでに600の有料コンテンツがサーバーにある。

●講義・教科書・教材のデジタル技術による一体化
 吉田文は,バーチャル大学ではウェブで講義が配信されているが,それは教材とも教科書とも呼べるものであり,講義・教科書・教材のデジタル技術による一体化状況を指摘している。欧米の大手学術教育出版社が,これまで通りの紙の教科書を作るとともに,講義・教科書・教材の一体化したコンテンツの制作に積極的に進出している。しかし,日本のように資金力のない専門書出版社で可能か課題は大きい。

●教科書出版のビジネスモデルの変化
 従来,教科書は,教員が書きためた自らの授業ノートをもとに執筆されている。出版社は,その教員が教える学生数を基礎票に,初版部数を決めて出版してきた。このような従来の教科書出版のビジネスモデルは,教員自らウェブでノートを公開するシステムを前に,成り立たなくなっていく。
 マサチューセッツ工科大学(MIT)では,MIT OpenCourseWareプロジェクトを発表した。これは,今後10年かけて,MITで行われるほぼすべての講義内容を無料で公開するものである。これはコンテンツの無料公開で単位取得はできない。しかし,教科書のオープンソース化であり,教科書出版社の存続に関わる問題である。
 なお,すでにアメリカでは有名講師が自分の講義を営利大学に売ったことで,所属の大学と紛争も起きている。MITのプロジェクトのような場合,講義とまでいかなくても,コンテンツは法人著作物であると見なすのか,あらかじめ取り決めする必要がある。特に授業のために研究室で執筆された本に対しても,執筆した教員の著作権を野放しで認めてきた日本の場合,今後,表面化する前に解決すべき課題となる。

●出版社の役割
 eテキストブックのよい教材を作るという点では,編集者の役割は今後とも存続しえるが,よりITスキル求められるメディア・スペシャリストが代替していくともいえる。いずれにせよバーチャル大学の普及によりeテキストブックが増加したとき,伝統的に教育コンテンツ(紙の教科書)を担ってきた出版社は,e テキストブックのパブリッシャーとして存在し得るか業態変化が問われている。

この原稿は,日本出版学会の2001年度春季研究発表会の発表原稿で,要約を同会報104号に掲載したものです。