科学技術と教育を出版からサポートする

オンデマンド出版ブーム

 1999年出版界の十大ニュースを考えると,トップが「3年連続のマイナス成長となった長引く出版不況」。それに続くのが「オンライン書店の成長」と「オンデマンド出版」ではないだろうか。特にオンデマンド出版は,大手取次,書店,印刷会社が次々とサービスを発表したことでブームとなっており,過剰在庫に悩む出版界の救世主としてやや過熱気味に報道されている。当面,品切れ絶版本の出版や少部数出版への利用が期待されているものの,それだけでは極めてニッチな市場である。将来オンデマンド出版がもたらす可能性も含め考える必要がある。

 オンデマンド出版とはBook On DemandあるいはOn Demand Publishingともいわれ,それぞれBOD,ODPと略されて呼ばれる。このことはゼロックスが93年にDocuTechを販売した際のキャッチフレーズPrint On Demandから始まっている。文字通りオンデマンド(要望に応じて)であり,本をデジタル化して保存,読者の注文に応じて1部から印刷製本するサービスである。もとになっているオンデマンド印刷技術は,すでに実績があり,マニュアルやパンフレット,戸別郵送されるカタログ,DMに利用されている。

オンデマンド出版が登場した背景

 近年,出版界はマスマーケット指向を強め印刷機の高性能化や書店の大型化を背景に,大量印刷によるコストダウンと大量配本による売上げ増を図ってきた。しかし,結局は返品率の増大につながり,さらに在庫経費の圧縮のため短い商品サイクルで廃棄におよび,社会的な批判を浴びてもいる。現在,オンライン書店のデータベースには160万点の書籍がありながら,実際,出版社が公開している書協データでは56万点である。さらに取次大手の日販の調査では,その半分が出庫不可という。読者は20万点余りの本しか入手できず多くが品切れ絶版となっている。
 さらに出版不況の中で深刻な影響を受けているのが専門出版社である。平均的な初版部数が1500部から2000部の出版活動は今や危機的であり,著者にとっては出したい本が出せない不幸な状況でもある。これらがオンデマンド出版が注目された一番の理由である。
 一方,印刷システムでは,DTPの普及により書籍データのデジタル化を生み,従来からあったオフィスコピー機の進展と相まってオンデマンド印刷機が普及した。さらにインターネットの普及により,宣伝広告費をかけなくても少部数書籍の販売が可能となったことも追い風となっている。

オンデマンド出版の課題

 課題としては一つに造本の品質がある。昨年発表されたオンデマンド出版サービスはいずれもトナー方式である。文字はほとんどオフセット印刷と区別がつかないが,写真品質は劣っている。日本人の書物の造本に対する愛着は強く,オンデマンド本の製本に不満を感じる人が多い。本は純粋に内容価値に値段が付いて販売されているわけではない。多くの読書家にとって本は「使用物」なだけではなく「所有物」でもある。また,編集者も組体裁,装丁,紙とこだわって本を作っており,そのこだわりがオンデマンド出版物の品質に拒否反応を起こしているのも事実である。ある出版社で品切れ本をオンデマンド出版で検討したら,「自分の担当した本はオンデマンド出版しないでほしい」と担当編集者から反対の声が挙がったという。
 仕組みの上では1冊から製作することが可能であるが,コストを考えるとかなり高いものになる。となると,高価格の本で内容に対して読者の入手要求が高く,さらにオフセット印刷するほど需要のない本がオンデマンド出版に向いていることになる。紀伊國屋書店がオンデマンド出版サービス「電写本」を始めるにあたって,学術的価値の高い研究者向け資料の復刊を当初手がけることにしたというのは,この結論にそっている。
 さらに著作権処理の問題がある。従来,著作権使用料は書籍の価格のほぼ1割が支払われてきた。オンデマンド出版物の印税は受注生産なだけに,かなり減ることが予想される。先頃行われた日本文藝家協会のシンポジウム「活字のたそがれか?ネットワーク時代の言論と公共性」で三田誠広氏が,出版社の印税保証払いがなくなることで業務としての著作が成り立たなくなる旨の危惧を表明していたが,オンデマンド出版となると著作者との間で新たなルールが必要かもしれない。

 出版社からみるとオンデマンド出版サービスの会社が,出版社なのか印刷会社なのか気になるところである。日本の著作権制度では出版社の権利(出版権)は明確にされていない。読者が望んでいるという大義があるとはいえ,品切れになっている本をみすみすオンデマンド出版社に渡したくないであろう。もちろん本来絶版処理をして著者に返すべき出版権を「品切れ(重版の可能性あり)」として保持してきた出版社の慣行にも問題がある。どちらにしても著者と出版社の間に新しい関係を持ち込むことになる。

海外にみるオンデマンド出版

 ヨーロッパでは出版活動が困難な詩人やマイノリティの文学者を中心にオンデマンド出版に対する取り組みが始まったのに対し,米国ではビジネスの面がより強く打ち出されている。米国最大のホールセラー(取次)であるイングラム社は,97年秋にライトニングプリント社を設立し,オンデマンド出版事業に取り組んできた。
 98年の5月にタイトル数150点でスタート。当初,タイトルを集めるのに苦労したものの専門書出版社や大学出版部に積極的にセールスし,1年後の99 年5月には2388点となり,11月には4530点を数えている。5月の印刷部数が3万5000冊。11月では7万冊まで伸びている。収益についての報告はないが,2年間の累積販売部数が50万冊というから,十分ビジネスとして期待できる。なお,この数字には初版100部の少部数出版物も含まれており,全体の約3割が返品可能という。
 表紙を何通りか作り,提携書店で試販して一番人気のデザインを選び,その後オフセット印刷で大量に印刷するというテストマーケティングにも用いられている。この手法はオンデマンド出版の有効な利用法として注目される。20ドル(2200円)以下が6割弱というから全体的な価格は安い。
 また,全米第2位の大手書店チェーンのボーダーズは,ベンチャー企業のスプラウト社と組んで書店店頭でオンデマンド本を作る計画を発表している。さらに全米最大の書店チェーンであるバーンズアンドノーブルも今春をめどにオンデマンド出版事業に取り組む。これら一連の動きをもって,米国ではオンデマンド出版事業を「第2のオンライン書店」として注目している。

オンデマンド出版の利用と将来

 オンデマンド出版では,当面,品切れ絶版本の印刷や学術論文,自費出版が考えられる。学術誌では論文の抜刷りサービスが行われているが,DTP化されていれば論文ごとに表紙をつけてオンデマンド出版するなど,より使いやすい形ですぐにでも始められる。
 少部数専門書では,初版をオフセット印刷し,重版以降をオンデマンド印刷するというのが現実的である。

 作家自らの試みとして,村上龍が富士ゼロックスBookParkで著者サイト「向現」を開いている。読者の要望に応じて希望の短編小説だけを選んでオンデマンド出版したり,長編小説のテストマーケティング的な販売をしている。今後「産直出版」や世界で唯一の「カスタム出版」が広まるかもしれない。
 このカスタム出版の先駆的な例として,マグロウヒルがコダック,ダネリーと組んで90年から始めたprimisがある。ウェブサイトには「ニーズ,教育法,スタイル,コンテンツ,構成にあわせてカスタム化する」と書かれているが,これは今でもオンデマンド出版の重要なコンセプトである。このprimis ではリストされた複数の書籍から任意にコンテンツを組み合わせ,1部から印刷して販売している。カスタム出版はよりオンデマンド出版の特長を生かしているといえる。
 販売についてはソフトバンク,セブンイレブンに大手取次のトーハンが組んだ「イー・ショッピングブックス」がオンデマンド出版物をコンビニ店頭で受け渡すサービスを計画している。オンライン書店はオンデマンド出版の窓口となり,それによってできあがったインフラは,デジタルコンテンツの配信へと発展していく。近い将来,オンライン書店,オンデマンド出版,デジタルコンテンツ販売は一体化していくと思われる。

出版社自らオンデマンド大活字本を

 オンデマンド出版でぜひ行いたい仕事として大活字本がある。視覚障害者は全国で約40万人,そのうち6割から7割が普通の活字では読むことが困難な弱視者といわれている。大人の読書欲を満たす大活字本はごく少数である。弱視者は読書機会を失っているのである。現状では,ボランティアがパソコン・ワープロによるテキストデータ入力を行い,弱視者の視力に応じて文字の大きさなどもカスタマイズして印刷製本している。青空文庫が著作権の切れた本のアーカイブに対し,著作権のある本を扱っているため,著作権者の許諾をとる作業も伴っている。
 大活字本専門の出版社である(株)大活字は『五体不満足』の大活字本を発行したが,本文22ポイントゴシックにより3分冊となっている。多くの書籍は本文9ポイント明朝である。単に拡大しただけではダメで,定価も必然的に高くなる。
 社会的役割を考えれば,これこそ出版社自身が手がける仕事である。オフセット印刷で通常の本を出版するとともにオンデマンドで大活字本を出版する。ワンソースマルチユースで価格も抑えられる。著作権の許諾も取りやすいし出版権でもめることもない。

オンデマンド印刷がもたらすビックバン

 本を編集する経験からいえば,どんなにベストセラーをねらったとしても,一人一人の読者が見えてこなければ失敗である。極論すれば本にはマスマーケットなどなく,個々人の購入による一冊ずつの積み重ねの結果がベストセラーになっているだけである。本は多様性に富んだパーソナルメディアである。この点でインターネットと相性がよい。

 インターネットでは個人個人にあわせカスタム化されたコンテンツが,膨大なトラフィックとなって流通している。オンデマンド印刷が普及すれば,本も同様に一人一人の読者にあわせて編集された多量の本が出版される時代がくるかもしれない。
 ヤマト運輸が小口荷物の個別配達を開始したときのことを重ね合わせれば,決して夢のような話ではない。かつて小口の積み重ねが企業の繁栄をもたらすなど,運輸業界の何人の人が想像しただろうか。同様にオンデマンド印刷がより普及しパーソナルな出版が可能になれば,出版界だけでなく読書環境にも劇的な変化をもたらすであろう。

少部数出版と流通革命 前編 | 少部数出版と流通革命 後編 | 「デジタル出版」で生き残る少部数専門出版社 | オンデマンド出版の現状と可能性