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 ロングランとなったアメリカ映画「ユー・ガット・メール」が,出版界で話題である。トム・ハンクス,メグ・ライアン主演,ノーラ・エフロン監督となれば,『めぐり逢えたら』のヒットトリオであり,話題性は高い。「前に話したときは,二番煎じだから見に行かないと言ったじゃない」と生意気を言う中学生の娘に「アメリカの書店事情研究だ」と,ちょっと弁解がましく誘い出して見に行く。
 ニューヨークで小さな児童書専門書店を経営する女主人と,目の前に大型書店を出店したチェーンストアの御曹司は宿命のライバルにして,実はEメール上では悩みや恋の想いをオープンに話し合えるメールフレンド…といったEメールの匿名性を小道具にしたありがちな話が,センス良く展開する。
 結局,小書店は廃業し,恋は成就というハッピーエンドなのだが,この結末に対し「大企業やウォール街の不正や虚業を暴き,額に汗して働く大切さを説いてきたアメリカ映画の伝統を壊す経済思想」という米総局長の批判がある。
 戯言である。映画こそ,そんな建前論では変えられない現実を,ありのままに描いているのである。
 全米最大の書店チェーン「バーンズ&ノーブル(B&N)」や「ボーダーズ」は90年代に入り積極的に大型書店(スーパーストア)を展開。営業時間は午後11時まで,売場面積は平均700坪,書籍は10万点以上に及ぶ。ベストセラーの3割引をはじめ,ほぼすべての本が値引きされている。中小書店での販売価格が高いのは映画が描いたとおりである。
 品揃えにもまして魅力的なのは,店内至る所に置かれたアームチェアやカウチソファ,さらにスターバックスカフェのコーヒーコーナーである。噂には聞いていたが,昨年ホノルルのB&Nを訪れた際も,思い思いにソファに腰を下ろして読書する客たちの姿は印象的であった。なかにはノートを開いて勉強する人やコーヒーショップに店内の本(買っていない!)を持ち込んで読んでいる者もいる。
 このスタイルに客も店員も慣れているらしく,むしろ積極的に展開しているのは「長時間滞在する人の書籍購入額は通常の倍以上」という計算あってのことである。
 また児童書のコーナーにはぬいぐるみや積み木がおかれ,店員(ピエロの服装のときもある)が,子供の相手をしてくれる。リバイバルブームの「おさるのジョージ」を相手に子供たちが目を輝かしている間,親はゆっくりと本を探すことができる。さらに詩の朗読,作家の講演,ミニ演奏会など多彩な演出も凝らされている。
 国内では,今年3月にジュンク堂が全国一の大型書店を大阪堂島に開店した。売場面積1480坪,約80万冊の在庫のうち,半数が学術・専門書というジュンク堂のキャッチフレーズは「立ち読みお断り,座り読み歓迎」。店内に椅子や机が置かれているのは,明らかにアメリカスーパーストアの影響である。
 大型書店の出店が,中小書店の経営を圧迫しているのは日本も同様で,毎年1000軒が廃業している。専門書にも目の行き届いた中小書店が廃業していくなかで,大型書店がその代わりを担っていくかというと不安もある。事実,開店当初は専門書を並べたが,数年後,売れ筋中心に変えた書店が多い。
 かつて『ニューヨーク・タイムズ』が,書店の棚にびっしりと詰まった売れない本を「高価な壁紙(expensive wallpaper)」と名付け,話題となった。幅2cm,高さ20cmで数千円もする専門書こそ,高価な壁紙である。書店の隅の壁を占有し,ひっそりと読者が訪れるのを待つ専門書。「ユー・ガット・メール」でも扱われたインターネットが,専門書にスポットを当てることになるが,これは次回。