eBook市場を創出する教育の情報化

第8回 eBookの新たな流通を担う学習管理システム

 この連載で何度か取り上げてきたMITオープンコースウェア(OCW)が、試験的ながらついに一般公開された。現在、全学部から17分野36講座の教材がサイトに掲載されている。来年9月には100講座を公開し、さらに95年からの5年間で2000を超えるほぼすべての講座の公開を目指していく。
 内容は、今まで教員が独自に公開していたものも含まれており、ともかく見た目を統一してHTMLに変換した段階といえる。学習管理システム(LMS)は、まだ開発中で、学内外の意見を求めながら今後1年間で開発を進めていく。教員に過度な負担をかけないLMSが完成すれば、さらに講座の充実を図っていく。 (続きを読む…)

最終回 デジタル著作権市場を出版界主導で育成すべき

 日本のeBookはハードに引っ張られてコンテンツ開発が進んできた面がある。連載で教育の情報化を取り上げたのは、むしろ読者の変化こそが重要と感じていたからだ。今後の取組課題は、アメリカとの決定的な違いでもある、社会システムとして「著作権の交換市場」の不在がある。eBookの目指すところは、書籍というパッケージが解体され、もっと小さなコンテンツ単位で販売され収益を上げることにある。ネット配信ビジネスの成立要件として、小口課金やDRM(デジタル著作権管理)システムが挙げられるが、それを含むデジタル著作権の市場確立が重要である。 (続きを読む…)

第10回 幻のeBookブーム

 今年になってアメリカのeBook市場が失速した。一昨年春、スティーブン・キングが手がけたネット直販が契機となり、大手出版社、オンライン書店に加え、マイクロソフトやアドビなどのソフトウェア企業がeBook市場に参入した。しかし、ブームは2年も保たず、何の結果も残さないままに消え去ろうとしている。単に「早すぎたブーム」だったのだろうか。
 一昨年春と言えば、ちょうど電子書籍コンソーシアムが解散した時期だ。そこに華々しくキングの成功例が伝わってきた。人気作家の小説がキラーアプリになり市場が離陸したと誰もが思った。日の丸プロジェクトは事業化に時期早々だったが間違ってはいなかった。日本の「早すぎたプロジェクト」は、読書端末やブロードバンドネットの未整備というハードとインフラに失敗の原因を押しつけ、結果的にコンテンツを疑う意識が希薄となった。 (続きを読む…)

第9回 アメリカにおけるデジタル教材化の流れ

 教科書、教育の情報化に注目して、eBook市場の将来を考える、というのが連載のテーマであった。市場成立に向けた課題を整理するめに、アメリカの先行事例でデジタル教材化の流れを振り返ってみたい。 ITによる華々しい成功例としてeラーニングがアメリカより伝わっているが、それは企業内教育の話である。不況下におけるコストダウンモデルとしてむしろ企業に導入されたのであり、ITバブルが崩壊した以上、eコマースとしての教育ビジネスが撤退するのは時間の問題であった。 実際、大学による事業は、その多くが昨年撤退し、残りも規模縮小や経営方針の変更が行われた。わずかに生き残った営利大学によるeラーニングは市場ニーズを絞り込み、教材の作り込みを行っている。 (続きを読む…)

第7回 教材の著作権集中処理とPOD

 8月にソウルを訪問し、韓国、中国の大学出版人と意見交換をした。また本紙(9月2日号)に韓国の『再販制の義務法制化』を寄稿した白源根さんとも、慌ただしいながらも会うことができた(何しろ帰国の朝、送迎バスの前だ)。彼の報告にもあるように、7月に可決された韓国の出版支援策としての法律には、大学街での教科書の不正コピー禁止が盛り込まれている。
 昨年までeブックについてかなり饒舌だった韓国大学出版人たちだが、今年は口々に不正コピーに悪態をつき、法案への期待を寄せていた。講義を聴く学生が 40人を超えても、実際に売れた教科書はただの数冊という報告もあった。その原因が複写業者による不正コピーの常態化という。 (続きを読む…)

第6回 デジタル化によるユーズドブック対策

 この春にコロラド大学を訪問したときは、ちょうど学期末だった。書籍部の入口横に机二つほどの臨時カウンターがあり、手書きのポスターにはユーズドブック購入と書かれていた。特に説明があるわけでもなく、集まって来た学生は、教科書を渡して事務的にお金を受け取っていた。
 アメリカの学生は日本の学生に比べてかなり多くの教科書を購入する。どれも大判で500頁を超えるものがざらである。これに演習書、問題解答集、副読本などが出版社により準備されている。学生にとって本代はかなりの額である。 (続きを読む…)

第5回 MIT OCWが無料公開に至るドラマ

 「著作権を保護することではなくフリーにすることで教育と研究に貢献する」というMITの願いは、プロジェクトの最初からあった訳ではない。
 むしろビジネスとして検討されフリーという結論に達するプロセスこそ、極めてドラマチックである。それは自由な競争社会のアメリカが、一方で、平等なチャンスを保証する健全な精神の証なのだ。

 MITがインターネットによる生涯教育プロジェクトの検討を開始したのは2000年春。当時、ネットバブルが最高潮に達し、eラーニングは強力なキャッチフレーズとなっていた。財務面で実行可能で、かつ永続的なビジネスを条件に検討が開始されたものの、すでにコロラド大学やコーネル大学が事業を開始しており、出遅れた上に先行大学からも苦しい台所事情が伝わってくる。 (続きを読む…)

第4回 MIT OCWの衝撃と真実

 昨年4月、マサチューセッツ工科大学(MIT)が発表したプロジェクトには、本当に驚かされた。この連載の初回で触れた「オープンコースウェア(OCW)」である。なにしろ今後10年間で、MITの講義に使われているほとんどの教材をウェブで無料公開するというのだ。翌日、ニューヨーク・タイムズ紙が1面で報道したことが起爆剤となり、ネットを通して世界中の大学に激震が走った。

 名前から明らかなように、基本思想はリナックスに代表されるオープンソースである。彼ら自身が「前例のないチャレンジ」と言うだけあって、基本ソフトウェアやネットワークのようなインフラを共有財産にするだけではなく、その上で流通する「知」をもフリーウェア化するというのだ。 (続きを読む…)

第3回 ビデオ授業のオンデマンド配信

 情報化により教科書が減ったキャンパスとして、前回、電機大学の例を紹介した。これは何も理工系大学だから進んでいるわけではない。むしろ少子化の中で生き残りを模索している地方大学や私立文系大学に、積極的な試みがある。
 今年の4月より武蔵野女子大学人間関係学部では紀伊國屋書店、アドビと共同で、PDF形式による電子テキストのネット配信を開始した。eラーニング最大の特徴である「いつでもどこでも」勉強ができるように、ネットによる予復習の環境整備を目指すという。大学が制作した3点の教科書に加え、有斐閣から発行されていた2点の本をPDF化した。他の出版社にも交渉中で、来年度から12点を追加し、紙と電子のテキストを併用する。 (続きを読む…)

第2回 キャンパスから教科書が消える日

 今日,教育と出版を見渡すと教科書を仲介としたゆるやかな連携が描かれている。検定教科書は文部科学省の制度のもと閉じた市場を形成し,学習参考書や教材,辞書とあわせ巨大な出版市場である。本は教室に不可欠の要素である。
 それもそのはず。歴史的にみれば,教材出版は教育活動の一部として始まっている。たとえば最古の出版社であるオックスフォード大学出版部(OUP)の創立をひも解くとよい。グーテンベルグにより活版印刷技術が発明されてから,わずか20年余の後。大学に持ち込まれた印刷機によって宗教書が刷られた年を創立年としている。当時の学問は神学であり,その教科書は聖書か宗教書しかない。つまり教えるということは教材を作ることであり,多量に聖書が印刷できるようになったことで,教育は大衆化したのだ。 (続きを読む…)

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植村八潮(うえむらやしお)

■プロフィール

1956年千葉県出身 78年、東京電機大学工学部卒業、同年4月、東京電機大学出版局に配属。主に理工系専門書単行本や電子出版物の編集業務に携わる。2007年4月から2012年3月まで局長。 2000年から日本出版学会理事・事務局長、現在は副会長。そのほか、国内の標準化委員や電子ペーパーにかかわる調査委員を務める。