デジタル出版よもやま話

第38回 熱気溢れる装置 中国の突出した電子出版事情

「電子出版」という言葉が日本の出版界に登場したのは80年代半ば,CD-ROMの登場により始まったニューメディアブーム(古いね)の頃である。出版社やメーカー,印刷会社などにより日本電子出版協会が設立されたのが1986年。この当時,協会による電子出版の定義は「電子技術を用いた組版システム」と「電子媒体による出版」という二つの意味をつなぎ合わせたものであった。当時の電子出版はDTPとCD-ROMにすぎなかったのである。
 最近では,ネットワークによるコンテンツ流通をネットワーク出版とかオンライン出版といい,CD-ROMなどのパッケージ系電子出版とあわせてデジタル出版と呼ぶことが多い。電子本や電子書籍というと,本の内容をデジタルデータで記述したものか,そのコンテンツを含んだ専用読書端末をいう。eBookと呼ぶのが流行である。今の電子出版は,デジタル出版(ネットワーク系とパッケージ系)にオンライン書店とDTPまでを含んだ概念となっている。
 電子ブックはソニーの商標で,データディスクマン用8センチCD-ROMのことになるし,デジタルブックという名は,NECがかつて開発した液晶読書リーダーの商品名というのも用語をわかりにくくしている。いずれにせよ,技術の進歩に伴い電子出版の定義も変わってきている。

電子出版とは何ですか

日中韓の大学出版部セミナーにおける電子出版セッションで,「電子出版とは何ですか」と中国側参加者から質問されたことがあった。これには発表者の僕も面食らった。何しろ電子出版分科会の場である。ただ,あとになって考えると,国際会議の冒頭で極めて重要な確認となっていた気がする。通訳者には「あなたは電子出版をどのように定義しますか」と訳してほしかったところである。
 漢字文化圏(ご存じのように韓国でも漢字教育が復活しつつある)の日本,中国,韓国ではなまじ用語が近いため,互いの定義の違いに気がつかないことがある。昨年の日中韓大学出版部セミナーで韓国の発表者が自国のeBook市場に対しかなり大きな数字をあげた。よくよく聞いてみるとeBookとはオンライン書店を含んだ電子出版のことだったという。
 韓国出版研究所の白源根さんに聞くと日韓の電子出版事情は似通っていて,用語もほぼ同じであるが,厳密な定義がなく揺れ動いているのも同様とのことであった。

熱烈中国電子出版事情

一方,中国の電子出版に対する熱気には,それが実際の行動を伴っているだけに驚かされる。北京大学出版部は,DTP組版システムの開発で知られている方正と組んで,北大方正という電子出版会社を設立した。他の大学出版部にも積極的に教科書の電子出版化を働きかけている。中国が電子出版に熱烈的なのは理由がある。紙が足りないのである。
 紙の消費量で見ると2000年の年間消費量は,おおよそ日本が3200万トン,中国が3600万トンとほぼ同じである。一方,個人消費量では日本が250kgであるのに対し,中国は28kgとほぼ9分の1である。中国の個人消費が日本並みになったら,世界の生産量3億2000万トンを使い尽くすことになる。
 また中国の大学進学率は,現在約1割で年々高まっている。日本並みに5割といわないまでも,3割になっただけで,売れ筋の教科書は1点あたり300万部から600万部の販売部数になるという。もはや紙の本で教科書を提供することは困難なのである。
 出版市場の急速な成長の先には,巨大な電子出版市場が存在している。今,中国の大学では電子出版学科の新設が続き,増大する市場に向けてDTPオペレータやマルチメディアクリエータの養成が進んでいる。日本の電子出版に関する議論が空々しくなるような必要に駆られた熱気がそこにある。

植村八潮(うえむらやしお)

■プロフィール

1956年千葉県出身 78年、東京電機大学工学部卒業、同年4月、東京電機大学出版局に配属。主に理工系専門書単行本や電子出版物の編集業務に携わる。2007年4月から2012年3月まで局長。 2000年から日本出版学会理事・事務局長、現在は副会長。そのほか、国内の標準化委員や電子ペーパーにかかわる調査委員を務める。