モノとコトのダイナミズム〈知の統合〉は何を解決するのか

横幹〈知の統合〉シリーズ
〈知の統合〉は何を解決するのか
モノとコトのダイナミズム

横幹〈知の統合〉シリーズ編集委員会 編
A5判 / 136ページ
定価 1800 円+税
ISBN978-4-501-62950-2 C3000
[2016年04月 刊行]

内容紹介

「モノつくり」社会を脱して、システム構築に基づいた「コトつくり」を志向する道筋は、〈知の統合〉によって導かれるものである。この視点を各分野から読み解く。

まえがき

 本書は,〈知の統合〉シリーズの第1巻をなし,〈知の統合〉は何を解決するのかを,モノとコトのダイナミズムという視点から論じます.本書の位置づけは,次のようにして捉えることができます.まず,我々の視野の左側に「モノ」をおきます.右側には「コト」をおきます.ただし,この「モノ」と「コト」を相反する対極としてその対比を考えるのではなく,その間に広がるスペクトルを想定します.ここで, 「モノ」「コト」は何であるのかは,あえて厳密に定義はしません.本書の随所で,それらが何であるのかが論じられるからです.ただ,一番左側には我々人間の力の及ばない自然物としてのモノが来て,一方,一番右側には我々の感情といったものが据えられることになります.右へ行くほどコトの領域になります.このモノからコトに至る広い領域で,我々は多くの課題を抱えています.一番左側の自然物や自然現象を対象とする学問は自然科学であり,営々とした人類の知の挑戦の連なりがあります.ただそこからちょっと右側に目を移すと,科学技術の対象としては混沌とした未整理の広がりが見えます.そして,現代ではこの自然から離れた領域で,人間・社会の問題がますます重く大きくなりつつあります.この領域の課題の解決を〈知の統合〉を通して見渡し,その解決への道筋を探るのが本書の目的であり,そこでの鍵が,ここで言う「モノからコトへと至るダイナミズム」です.
 本書では,第1章で,「人工物観」という概念を学びます.上記の言い方では,自然物から右側に離れて存在するモノが人工物です.ではその人工物をコトの領域から見てどう捉えるかが人工物観です.まさに「モノ」と「コト」を結ぶダイナミズムにほかなりません.まず,人工物は機能と一体化したものであることが示されます.どのようにして人工物に機能を発現させるかが設計(デザイン)です.現代の人工物は,個々の人工物が組み合わさった総体となっています.すると,現代の人工物観は,人工物の総体の機能,すなわち個々の人工物の機能を単に加算したもの以上の機能を対象としています.そのような人工物観のもとでの設計は,それぞれ特定の領域で単独のものを対象に考えることでは達成できません.新しい人工物観のもとで,この総体を持続可能なものへと重心移動させるためには,人工物総体の機能を設計するための基本的な原則が必要となります.これが,〈知の統合〉を必然とする理由です.
 続いて,第2章では,「モノつくり」に対照させて知の統合の新たな戦略目的として「コトつくり」が提唱されます.さらに,「コト」の実現は,システムを構築していくという形でなされることが示されます.システムとはある目的を達成するために機能要素が適切に結びついた複合体です.システム構築とは,「機能」およびその機能を「創造するプロセス」を重視し体系化していくことです.そのためには,細分化されていく個別分野の「知の相互関係を探求」すること,個々の知見の中から普遍的な原理を抽出して「汎用的な知へ拡大する仕組み」を構築することが必要です.コトつくりの科学的,学術的な基礎は知の統合にあるわけです.
 次の第3章は,「コトを測る」と称して,いったん中休みとして,「コト」を別の視点から眺めます.「コト」も「モノ」と同じくその価値を定量化できることを示します.しかしモノとは違って自由で恣意的な観点からの評価が許されるし,また,その恣意的な観点からの評価を積極的に利用することで,コトつくりの戦略を練ることができることを示します.「コト」とは何かを理解して,本書の論点を捉える一助となるでしょう.
 第4章で扱う「マネジメント」は,設計を裏付ける実務にあたります.設計で目論んだ機能が実効性を持つためには,適切で科学的なマネジメントが必要となります.マネジメントはコトつくりと密接に関わっています.マネジメントに必要とされる知の統合の仕方を論じます.
 第5章では,環境問題に焦点を当てて,知の統合とは何をすることか,そのために何が必要なのかどのような手順,方法論が必要となるのかについて考察します.ここでは,学術の境界である学際のみならず,より広く,国際,そして業際などの“際”を越えるとは何をすることかを論じます.人間・社会の問題,とりわけ環境問題の解決に,学問分野や時間軸,空間軸を越えた連携が必要となることはいうまでもないからです.環境問題に立ち向かう世界を挙げての研究プロジェクトでは,研究の計画,実施に際して,学界外からも関与者(ステークホルダーと呼ばれる)の参加を求め,研究開始当初から連携して研究の協働設計を行い,協働実施を行わねばならないことが示されます.学際融合が奨励され,これまで数多くの研究が行われてきたにもかかわらず,多くの社会的課題が解決されていない理由の一つに,研究者が学界内の連携のみを指向し,社会の生の声を聞いてこなかったからだ,という反省があるからです.
 第6章は,典型的な「コトつくり」分野であるサービス産業における課題を取り上げます.サービスとはサービスプロバイダが顧客に対して提供することによって,顧客に状態変化を起こすものと定義されます.サービスの創成を人工物の創成・設計のための汎用論理であるシステムズエンジニアリングの立場から論じます.まず,システムズエンジニアリングの歴史的な発展を,知の統合として概観します.そして,これまでのシステムズエンジニアリングが生み出してきたさまざまな方法論を実践に移すことによってサービスの新たな展開であるサービスイノベーションが実現されると期待され,その取組みが始まっていることを示します.コトつくりの具体的な方法論を検証しています.
 日本におけるモノつくり偏重とその弊害については,第2章で触れています.モノつくりの伝統自体は否定すべきものではありません.しかし,最初に俯瞰したようなモノからコトに至る広大な領域での人間・社会に関する現代の多様な課題に対しては,モノつくりの尊重では活路は見いだせません.では,このモノつくりを尊重する日本の風土がどのように形作られ,どのように育ってきたか,そして,その風土と感性の中でのコトつくりのあり方,また,その基盤となる〈知の統合〉はどう結実させていくのかを,最終の第7章で論じます.
 一時的には他の追随を許さない高度な技術力を誇りつつも,些末な要素技術に特化していくことで,技術がクローズド化し,新たな発想へと発展させることができなくなることが,日本の文化的特性として散見されます. 「ガラパゴス化」とも揶揄されます.では,「ガラパゴス化」の何が最も問題なのだろうかを,この言葉の発生源である,ケータイ技術の盛衰について振り返って考察します.欧米の技術によるスマートフォンに席巻されていく過程を,電話というそもそもは単純な機能の道具がさまざまな周辺機能を身に付けていった際の,人工物における機能発現の方法の違いから解き明かします.スマートフォンは,最初から装備すべき機能を考慮し,これを,まさにスマートなユーザーインターフェイスによって提供しました.これに対して,日本のケータイは,少しずつユーザー受けする機能を付与・増強し,やがて操作があまりに複雑化してユーザーはついていけなくなっていってしまいました.欧米の技術は全体の統一を図る世界観を重視するのに対して,日本の技術は,個別のアクターが一時的な状況や他のアクターとの適合的な相互作用を反復して成長していくという,自己組織的な世界観を基盤にしているということです.
 〈知の統合〉にとって,全体の統ーを図る世界観は重要です.ただしかし,日本的システム・モデル,すなわち,全体の統一的制御は欠くけれども状況適合的に自己組織を反復して成長していく自己増殖モデルは,完全に否定されるべきモデルなのでしょうか.ここでは,時代は,むしろ中央制御モデルから自己増殖モデルへとシフトしつつあるかのようにも見えることが指摘されています.それを受けて,本章では,中央制御モデルと自己組織モデルを相互補完的に構成することで,より個々のアクターの自律性を活性化させつつ,全体の緩みある秩序を維持するメタ・システム・モデルを構想し得るのではないかと問いかけます.〈知の統合〉に至る過程の一つのあり方を示しています.
 以上を通して,本書では,「モノつくり」社会を脱して,システム構築に基づいた「コトつくり」を志向する道筋,そしてそれは〈知の統合〉によって導かれるのだということが,現代の人間・社会の課題へ向かい合う鍵となることが示されます.ただしかし,〈知の統合〉が,単に「モノ」と「コト」の対比や,「モノ」から「コト」への重心移動によって生み出されるものではないことも示されます.そこでは,「モノ」から「コト」へ至るスペクトル上での人間・社会における現代的な課題を見据えた「モノ」と「コトjのダイナミズムを理解することが重要です.本書が,〈知の統合〉シリーズの第1巻として,その一助となることと考えます.
 最後に,本書の構想と構成の取りまとめは,最終章の著者である遠藤薫先生によることと,また,編集・出版に至る過程では,東京電機大学出版局の坂元真理さんに多大なるお世話をいただいたことを記し,ここに,お礼を申し上げます.
2016年1月
出口光一郎

目次

第1章 人工物観
 1. 人工物という概念に到達するまで
 2. 物理学と機能学
 3. 自然観と人工物観
 4. 人工物観の変遷
 5. 持続のための人工物―人工物観の復権
 6. 横断型基幹科学技術の意義
第2章 コトつくりからシステム統合へ
 1. はじめに―「コトつくり」の由来
 2. 「融合」と「統合」ブーム
 3. システム構築としての知の統合
 4. 「もの」と「コト」を統合するシステム統合
 5. 日本の問題
 6. おわりに-システム産業の創出を
第3章 コトを測る
 1. はじめに
 2. コトを測る―情報量と情報エントロピー
 3. コトの戦略―情報理論的アプローチ
 4. おわりに
第4章 マネジメントとコトつくりの科学技術
 1. マネジメントとマネジメント技術
 2. コトつくりの科学としての横断型基幹科学技術
 3. マネジメント技術とコトつくりの科学
第5章 学際・国際・業際
 1. はじめに
 2. Future EarthとSATREPS,二つのプログラムの開始
 3. 地球規模での環境問題の俯瞰
 4. ”際”を越える知の展開
 5. 研究行為のサイクルによる社会的課題の解決
第6章 サービスイノベーション―システム科学技術からのアプローチ
 1. サービスイノベーションは生産性向上だけではない
 2. 大規模複雑な人工物の構築を可能にするシステムズエンジニアリング
 3. サービスイノベーションのためのシステムズエンジニアリング
第7章 日本のものづくりとそのメタ・システム化―ガラパゴス化を超える新たなパラダイム
 1. はじめに
 2. 日本におけるケータイの進化とガラケー化―何が問題なのか
 3. 西陣織とコンピュータ
 4. 日本的システム・モデル再考―〈モノ〉の思想と社会性
 5. 二つのシステム・モデルの未来―メタ・システム化は可能か
 6.おわりに
あとがき

参考文献
索引
編著者紹介