Pajekを活用した社会ネットワーク分析

Pajekを活用した社会ネットワーク分析

ウオウター・デノーイ 他著, 安田 雪 訳
A5判 / 496ページ
定価 5600 円+税
ISBN978-4-501-54710-3 C3004
[2009年11月 刊行]

内容紹介

大規模ネットワーク分析ツールであるPajekを用いた社会ネットワーク分析の解説書。社会ネットワーク分析の様々な手法について事例を用いて解説し、実際にPajekでそのデータを解析する。Pajekは大規模なネットワークデータを可視化・描画するフリーのツールとして広く利用されている。Pajekを適用した実例も含めてその使い方を書籍化した初めての一冊。

まえがき

 本書は”Exploratory Social Network Analysis with Pajek”(ケンブリッジ大学出版局)の邦訳である.
 Pajekは,大規模ネットワークを分析する.関係の描画機能に優れたプログラムである.開発者は,リュブリアナ大学(スロベニア)のアンドレイ・ムルヴァル,ヴラディミール・バタゲーリらである.1996年12月22日に最初のバージョン(Pajek0.1)が誕生して以来,2009年秋の現在でも改良と更新が続けられており,原著者らのWebページから無料でダウンロードできる.原著者らは第一線の研究者であり,世界各地の学会で招待講演会やチュートリアルを開催している.なお,「Pajek」とはスロベニア語で「蜘蛛」を意味する.
 Pajekの特徴は,大規模ネットワークの高速な描画機能,ネットワーク指標の計算機能,非商用使用に限り無料であること,メーリングリストやwikiなどユーザーを支える情報交換体制が整っていることである.
 原著は,社会構造が人や組織に与える影響力をテーマにしたケンブリッジ大学出版局「社会科学における構造分析シリーズ」の27冊目である.構造を重視するという思考法は分野横断的なものであり,社会学のみならず人類学,政治学,経済学,組織論,国際関係論など幅広い領域を通底する.
 マーク・グラノベターを編著としたこのシリーズも,分野にとらわれず多様な領域から優れた著者を集め,理論的研究のみならず実証的研究や研究の方法論まで多様な内容を取り上げており,欧米の社会科学者に広く読まれている.現象の背後に隠されている構造をネットワークとしてとらえるアプローチは,シリーズすべての本に共通している.
 本書は,ネットワーク分析のソフトウェアの解説本という点でシリーズの中でも異色である.また,最新バージョンが次々とWebから発信され,日々,メーリングリストで活発な投稿とレスポンスが飛び交う成長中の生物のようなソフトウェアが題材だという点でも,調査や実験結果についての記述や深い理論的考察の成果を論じるシリーズの他の本とは,やや性格を異にする.一般的に,ソフトウェアの解説やマニュアルの寿命は短く,その学術的評価は必ずしも高いとは言えない.だが,原著がこのシリーズに含まれた理由は,学術的専門書として,ソフトウェアの単なるマニュアル本を越えた洞察を備えているからである.
 本書では,Pajekが実装するコマンドとその機能の解説に加え,複雑に絡まりあった関係内部の特徴を,事前の予測や仮説を持たずに探索しつつとらえるための具体的手順が,豊富な事例とともに紹介されている.
 ネットワークの指標についての解説書や邦訳書は多いが,これまで日本ではあまり用いられてこなかった「非サイクルネットワーク」,「対称—非サイクル分解」,ネットワークの三種類の抽出描画(全体図,概況図,局所図),関係を等高線状に切って見せるm-スライス,系図や引用関係分析に使うオーレグラフとP-グラフなどは,多くの読者にとって新しい概念だと思う.Pajekを使用しなくても,これらの概念解説と事例は読む価値がある.
 解説にあたって,原著者らは数式を用いず,具体例と図を駆使している.女子寮の友人関係,世界システム,金属製品輸出入関係,スコットランドの役員兼任,コミュニティ内家族の訪問関係,従業員のコミュニケーションネットワーク,学生のディスカッションネットワーク,教育改革の普及と教師のネットワーク,ヨーロッパの貴族の系譜など,応用範囲の広さがうかがいしれる.
 各章は,ネットワーク指標の解説,グラフ理論の基礎用語をまじえた説明,具体的事例と描画の数々,練習問題,参考文献の紹介からなっている.本文を読み,具体例と課題で使うデータをダウンロードして自分で問題を解いていけば,時間はかかっても必ずPajekで描画と指標の分析ができるようになる.
 Pajekについての情報は,開発者らのWebページで参照できる(http://vlabo.fmf.uni-lj.si/pub/networks/pajek/).2008年1月からはPajek wiki (http://pajek.imfm.si/)からも情報が発信されている.wikiにはバージョンアップや改良のニュース,学会やセミナーの予定,開発者らの論文や報告資料,本書で扱っているバージョンを含むPajekの旧バージョン及びデータ,FAQなど様々な資料がある.ぜひ参照して,Pajekコミュニティの活発さを直接感じてみて欲しい.wiki開設後も開発者らのWebページは更新されているので,双方を見よう.
 これまで社会科学の領域では,ネットワークの分析と描画には,UCINETが使われることが多かった.理工系にはPajekで大規模ネットワークを描画する研究者がいるが,社会科学系の利用者は多くはなかったように思う.Pajekでは,特に高性能なコンピュータではなくとも大規模なネットワークが扱えるので,ぜひ試してみて欲しい.原著者らが用意したデータセットを使って描画,加工,指標計算をしてみると,この面白さがわかるはずだ.
 近年では,無料の統計分析ソフトRにもネットワーク描画や分析機能が強化されつつあり,Rを利用した分析者も増えてきた.UCINETともに,それぞれ一長一短があるので目的と能力に応じて使い分ければ良いだろう.長所,短所を記すと,UCINETは使いやすいインタフェースだが大規模ネットワークが扱えず,有料である.Rは無料で,統計パッケージとともに使いこなせば強力だが,初心者には分かりづらく習熟に時間がかかる.ネットワーク指標は基礎的なものが準備されているが,現在,発展中である.Pajekは無料で,開発者とユーザーのコミュニティが活発であり(ただし英語のみ),大規模ネットワークが扱える.直感的操作がきかず,パーティション,ベクトル,ヒエラルキーなどの使い分けが理解できるまでは扱いにくいが,この使い分けさえ理解すれば属性情報を活用した描画や分析が素早くできるようになる.
 「目に見えないつながりを理解するためには,その本質をいかにとらえ,描けるかにかかっている」というのが本書の行間から立ち上がるメッセージのように私には思える.
 翻訳は各章を担当者が訳出し,安田が監訳者として全体を調整をした.用語の統一や文体のこなれ程度をはじめとして,いまだ問題がいくらもあると思う.訳者もそうだが,アメリカ流のグラフ理論の記述(ノード,矢印,グラフ)に慣れている読者には,ヨーロッパ流の記述(点,弧,ネットワーク)は読み慣れないかもしれない.原著は複数著者による執筆のため,文体やスタイルが章によって,そして章内でも異なる部分もあり,訳者の方々の苦労と力量を十分活かしきれたかどうか,訳語の最終選択も含め,すべて監訳者の責任である.
 文書のチェックおよび校正作業時には,東京大学大学院経済学研究科の若林隆久氏に詳細な検討をしていただいた.長期にわたる作業中,緻密かつ合理的に思考する若林氏は,常に良き相談相手であった.お礼を申し上げたい.関西大学大学院社会学研究科の藤原有希氏と王氏,同社会学部の安田ゼミの学生は,実際にコマンド操作から作図までを実行中である.苦情や笑い声とともに学生が技術を身につける過程を見ているのは,何より私の楽しみであり,無謀な要求についてきてくれることに感謝している.
 翻訳作業に際しては,組織学会のリサーチ・ワークショップの援助をいただいた.お礼を申し上げたい.東京電機大学出版局の編集担当の菊地雅之氏には,作業遅れでご迷惑をおかけした.長期にわたる細かい心遣いに感謝をしている.なお,菊地氏との仲介役割を担ってくださった大阪大学の栗原聡先生,ありがとうございました.

 2005年の10月,チューリッヒで行われた第一回ネットワーク分析の応用研究会におけるPajekのセミナーで,筆者は原著者と,そしてPajekの高速な描画機能と出会った.当時は描画機能よりも大規模データのハンドリング能力に関心があったのだが,このワークショップに参加して,Pajekの機能と処理速度を知った私は,「社会科学系の研究者が大規模ネットワークを描き,扱うためにはPajekだ」と思い込み,それが翻訳の契機となった.若い大学院生らが快く手をあげて翻訳に参加してくれた.Pajekはその後も進化し続け,欧米各地でセミナーやチュートリアルが開かれるようになった.大学院生であった訳者は研究者として成長し,彼らも国際学会で原著者らと会う機会に恵まれてもいる.
 原著者の方々はどなたもエネルギッシュかつ暖かい人柄の研究者であり,皆,邦訳書の刊行を喜んでおられる.とりわけ,実質的なプログラム開発者であるアンドレイ氏は,翻訳作業中の私の膨大な質問に常に迅速に答えてくださった.彼の物事の処理速度,生産性の高さには圧倒された.彼の専門はネットワークの描画技術で,ネットワーク描画の国際コンクールで幾度も入賞を勝ち得ている.彼は,Pajekによる描画や解析結果が入った論文が,国際学会に日本から多数出てくることを楽しみにしている.
 一人でも多くの方が本書を片手にPajekに挑戦し,スロベニアと日本,いや世界中のネットワーク研究者のコミュニティで活躍することを願っている.

 監訳者 安田 雪

目次

第1部 基本
 第1章 社会構造を探索する
  1.1 はじめに
  1.2 ソシオメトリーとソシオグラム
  1.3 探索的社会ネットワーク分析
  1.4 社会ネットワークデータの収集
  1.5 要約
  1.6 問題
  1.7 課題「教室内のネットワーク」
  1.8 さらなる学習のための
  1.9 解答
 第2章 属性と関係
  2.1 はじめに
  2.2 例「世界システムと貿易ネットワーク」
  2.3 パーティション
  2.4 ネットワークの縮約
  2.5 ベクトルと座標
  2.6 ネットワーク分析と統計
  2.7 要約
  2.8 問題
  2.9 課題「アジア諸国の金属製品の輸出入」
  2.10 さらなる学習のために
  2.11 解答
第2部 直接結合
 第3章 凝集的サブグループ
  3.1 はじめに
  3.2 例「家族の訪問関係」
  3.3 密度と次数
  3.4 コンポーネント
  3.5 コア
  3.6 クリークと完全なサブネットワーク
  3.7 要約
  3.8 問題
  3.9 課題「家族に訃報連絡関係」
  3.10 さらなる学習のために
  3.11 解答
 第4章 感情と友情
  4.1 はじめに
  4.2 バランス理論
  4.3 例「修道院のネットワークとその変化」
  4.4 構造的なバランスとクラスタビリティを見つける
  4.5 時系列の発展
  4.6 要約
  4.7 問題
  4.8 課題「士官候補生のネットワーク」
  4.9 さらなる学習のために
  4.10 解答
 第5章 所属
  5.1 はじめに
  5.2 例「役員兼任と企業間ネットワーク」
  5.3 2‐モードネットワークと1‐モードネットワーク
  5.4 m‐スライス
  5.5 三次元
  5.6 要約
  5.7 問題
  5.8 課題「ハリウッドの映画プロデューサーと作曲家」
  5.9 さらなる学習のために
  5.10 解答
第3部 仲介
 第6章 中心と周辺
  6.1 はじめに
  6.2 例「製材所従業員のコミュニケーション」
  6.3 距離
  6.4 媒介性
  6.5 要約
  6.6 問題
  6.7 課題「家族計画の普及」
  6.8 さらなる学習のために
  6.9 解答
 第7章 仲介者とブリッジ
  7.1 はじめに
  7.2 例「製材所従業員の拘束関係」
  7.3 ブリッジとバイコンポーネント
  7.4 エゴネットワークとネットワーク拘束度
  7.5 所属と仲介役割
  7.6 要約
  7.7 問題
  7.8 課題「ハイテク企業従業員の空隙とクリーク」
  7.9 さらなる学習のために
  7.10 解答
 第8章 普及
  8.1 例「”新しい数学”の普及と教師のネットワーク」
  8.2 伝染
  8.3 照射と閾値
  8.4 クリティカルマス(臨界量)
  8.5 要約
  8.6 問題
  8.7 課題「新薬の普及過程」
  8.8 さらなる学習のために
  8.9 解答
第4部 序列
 第9章 威信
  9.1 はじめに
  9.2 例「コミュニケーションにおける家族の人気と威信」
  9.3 人気と入次数
  9.4 相関関係
  9.5 インプットドメイン
  9.6 近接性威信
  9.7 要約
  9.8 問題
  9.9 課題「内科医のネットワークと新薬の採択」
  9.10 さらなる学習のために
  9.11 解答
 第10章 序列
  10.1 はじめに
  10.2 例「大学生のディスカッションネットワーク」
  10.3 トライアド分析
  10.4 非サイクルネットワーク
  10.5 対称—非サイクル分解
  10.6 要約
  10.7 問題
  10.8 課題「オランダの詩人についての文芸批評」
  10.9 さらなる学習のために
  10.10 解答
 第11章 系譜と引用
  11.1 はじめに
  11.2 例1「Ragusaの貴族の系譜」
  11.3 家系図
  11.4 系譜の社会調査
  11.5 例2「ネットワークの中心性に関する論文の引用関係」
  11.6 引用
  11.7 要約
  11.8 問題
  11.9 課題1「マン島の20家族の系譜」
  11.10 課題2「情報科学専攻の教官と学生の関係」
  11.11 さらなる学習のために
  11.12 解答
第5部 役割
 第12章 ブロックモデル
  12.1 はじめに
  12.2 行列と置換
  12.3 役割と地位—同値性
  12.4 ブロックモデリング
  12.5 要約
  12.6 問題
  12.7 課題「メキシコの政治抗争」
  12.8 さらなる学習のために
  12.9 解答

 付録1 Pajekの始めかた
 付録2 描画のエクスポート
 付録3 ショートカットキー
 付録4 Pajek1.21へのアップデート

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